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開く技術(みたいなもの) [Thoughts]

人と顔を合わせて話しているときに、相手の生理的なリズムに自分を合わせていく。たとえば身体の揺れ、まばたき、そして特に呼吸のリズム。

相手が息を吐くときに、息を吸うようにする。
相手が息を吸うときに、息を吐くようにする。
相手が話しているときに息を吸うようにする。
相手が息を吸っているときに話すようにする。

以前「閉じる技術」というエントリを書いたことがある。その言い方に習えば、これは「開く技術」だ。

タイミングや状況や相手にもよるけど、うまく「合う」と相手から自分の中に何かが流れ込んでくるような気がすることがある。場合によっては、その人が口にしていないことがありありとわかったり、相手の気持ちをまるで自分の気持ちのように感じたり。逆に、自分の何かが相手に流れ込んでいくことを感じることもある。あるいは、自分が相手の内側に入り込んでいくような気がすることも。

「波長が合う人」とか「相性が合う」人というのは、たぶん呼吸や動作のリズムが自然に合う相手のことだ。つまりこれは相手と「波長を合わせている」ことなのだ。正確にいうと「周波数」みたいなものなのかもしれない。

一方で、それは自分をすごく無防備な状態に置くことでもある。気づかないうちに、その場での適切な距離感覚を超えて相手に接近してしまうことがあるし、入れるはずじゃなかったところに相手を入れてしまうこともある。「閉じる技術」と違って、たぶん、あんまり気軽にやるべきことではないのかもしれない。幸か不幸か、本当に「合う」ことは稀なんだけど。

でも、世の中には自然に、意識せずにそれをしてしまう人がいる。そういう人をぼくは何人か知っている。Sさんもそういう人のうちのひとりだった。Sさんは大学時代のバイト仲間で、ぼくより2つ年上の音大生だった。見た目はごく普通の女の子だし、特別ものすごくかわいいというわけではない。それでもSさんはぼくが生きてきて出会った中でもいちばん特別な人間のひとりだ。

Sさんといる感覚をうまく言葉にすることは難しい。即物的にいえば、Sさんと話していると、言葉につまるということがない。まるで自分がするするとひも解かれてほぐれていくような気がする。自然に自分の言葉が出てくる。Sさんの言葉も同じくくらい自然に自分の中に入ってきて、自分の言葉と馴染みあい、そしてまた自分の言葉が出てくる。

始めて話したときから、まるで幼なじみのように、あるいは兄弟のように、長い間近くにいたような錯覚を抱く。ひょっとしたら、自分はSさんのことが好きなのかと思ったくらい。そして、恐ろしいことに誰もがSさんに対して同じような感覚を抱いていたのだ。Sさんはそういう人だった。

Sさんを見ていて気づいたのは、Sさんが呼吸をはじめとする生理的なリズムを、相手とシンクロしているということだった。Sさんの持っていた、自分を開き、人も開かせてしまうような何かは、確かにそのことと関係していた。Sさんは誰に対しても一瞬のうちに周波数を合わせることができた。その意味で、Sさんは間違いなく天才だった。

世の中にはそういう人がときどきいる。そのうちの圧倒的にスケールの大きい人々が、歴史上の宗教の開祖のようなものになっていったのかもしれない。

Sさんがどの程度意識してそれをしていたのかはわからない。長い間、それはSさんの天性であり、無意識にそうしていたのだとぼくは思っていた。それがどれほど無防備で危険なことなのか、そのときはわからなかったから。今では、Sさんは意識してそうしていたのかもしれない、と思っている。Sさんは二十代で亡くなってしまったので、確認してみることはできないけど。

そういえば昔、よしもとばななの「白河夜船」を読んだとき「あ、この人も知ってるんだな」と思ったのだった。
タグ:時間 尊敬 集団
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