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生きることに対するリスペクトの問題 [Thoughts]

時間を無駄にはできない。

ということをすごくリアルでわかりやすく感じる方法のひとつが、いろんな物ごとをあと何回か経験できるか考えるというもの。多くのことが、人生の中で後何十回もできるわけじゃないことがわかる。

で、もうひとつの方法は、ある出来事からいままでの間の時間をそのまま未来に当てはめてみること。

たとえば成人式でも高校の卒業式でも結婚でも、そのときのことをはっきり覚えている区切りのタイミングから今まで経過した時間を、そのまま未来に当てはめてみよう。ほら、びっくりした。

そんなわけで、今の職場で働くようになってからもうすぐ8年になるけど、感覚としては本当にちょっと前のことだし、自分の意識の中では「今の職場に来てからの時間」というひと区切りの中に収まっている。

だけどその期間を未来に当てはめてみると、自分は50歳になっている。更にもう一度同じ期間が経つと58歳。

8年前に生まれた子どもは今年小学校二年生。今から同じ時間が経てば16歳。ファーストキスだって初体験だって済んでるかもしれない。

本当は8年て、かなり長い歳月なのだ。

8年前妻は韓国語を勉強しはじめて、今は韓国語でブログを書いている。

8年前、いつも公園で見かけてかわいがっていた野良猫が今も生きている可能性は限りなく低い。

今となりに座っている同僚は8年前は新入社員で、当時本当にお子ちゃまだと感じたのに、今はぼくが社内で最も信頼する人物だ。

これほど長い時間を、どうでもいいようなテレビを見たり月に100時間残業したりして過ごすか、それとも時間の経つのも忘れるような何かをしたり、大切な人と一緒に過ごすか。

それは「効率」とか「時間管理」とかの問題ではない。人生とか生きるということに対するリスペクトの問題だ。
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