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無意識に自分を裏切る自己不信に勝った話 [レオ・バボータ関連]

原文:Leo Babauta "the insidious perfidiousness of doubts, overcome" from Zen Habits
この記事は、Leo Babautaさんがブログ「Zen Habits」でUncopyrighted(コピーライトなし)として公開されている記事の日本語訳です。原文同様、この日本語訳もUncopyrighted(コピーライトなし)とします。

自己不信という人間のありようを克服した人間はひとりとしていない。どんな自信家であっても、満ち足りた禅の導師であっても、人気作家であっても同じだ。自己不信というのは、あるものなのだ。

問題は自己不信によって、何か素晴らしいことを達成することや、望む生き方を妨げられるかどうかということだ。

私もさまざまな人——良い人もいたしそうではない人もいたが——の下で働き続ける数多くの人々の一人だった。自分で自分の生き方を決める自信が持てなかったからだ。才能のある人たちがこれだけたくさんいる中で、ライターとして成功する能力が自分にあるのかどうか、疑っていたのだ。

その不信は圧倒的というほどでもなかったが、それが問題なのだ。それは眼前で存在を主張したりしない。気づかないうちに意識の下に忍び込み、あなたの足を引っ張り、消耗させ、ついには足を止めさせてしまう。暗闇に潜み、本来は腐った切れ端に過ぎないにもかかわらず、あたかも私たちの存在の一部分であるかのように深く浸透していく。

私たちが滅多にそのことを考えないとしても不信はそこに存在している。それは頭の中で「私にはできない。私には力が足りない。絶対に達成できない。失敗して恥をかくだけだ。なぜあえてそんなことを望む?」とささやく、あの声だ。

それはそこにある。そして、私たちが思うよりもずっと強い力を持っている。

彼らが邪魔することを私は許してきた。誇りを持てない仕事を長い間続けてきた。職をなくさないため、そして安定した収入のためだ。自分自身のために働くためにはお金が必要だと思っていた——ビジネスを始めるには資本が必要だ。そうだろう? あるいは「本物の」ライターに——本物のライターの世界で成功した人に——なるのは実現不可能な夢だと思っていた。

どのように自己不信を打ち負かしたか

私は間違っていた。私は持てる勇気を振り絞ることではなく、最前線を正面突破することでもなく、情報を得ることによって自己不信を打ち負かした。

情報は少しずつ、しかしほとんど毎日のように入ってきた。私は初心者向けの無料ブログサービスを使ってこぢんまりとしたブログを始めた。そこに誰も読まないであろう小さな記事を書いた。何人かの人が読んで、良かったと言ってくれた。それこそが情報だった。

私は記事を書き続け、一握りの読者からではあったが、ポジティブなフィードバックを受け取り続けた。そうした初期のサポーターの一人にKamalがいる。素晴らしい男だ。昨日、ここサンフランシスコで、私はついに彼と直接対面することになった。彼は私が良くやっていると言ってくれた。そして、私の書く文章が心からのものであり、いつか成功すると言ってくれた。彼は私を信じてくれた。それもまた情報だった。

妻のEvaは、誉めることと信頼することを通じて私をサポートしてくれた。母は私を誇りに思ってくれた。それも情報だった。新しい読者がコメントをつけてくれるたびに、情報の量は増えていった。それは間違いなく価値のある情報だった。

こうした小さな情報のひとつひとつを通じて、私は自分自身のデータベースを構築することができた。過去の疑念は間違いだと教えてくれる、心の中の3Dモデルだ。それは私が築いた貧弱なうわべだけの建物にすぎなかった。あまりに強固で破壊することなど不可能に思えたもの、あまりにもリアルで疑問の余地すらない、日々の現実の根幹のように思えたものの中にそれは建っていた。

しかし間違っているのは彼らの方だと、新しい情報は教えてくれていた。それは衝撃的なことだった。これだけ長い間信じていたことが間違っていたなどということがあるだろうか? しかし情報は首尾一貫しており、止まることはなかった。今日までそれは続いている。

新しい情報のおかげで、今では私にとってのリアリティは異なったものになっている。自己不信は今でもあるものの、それが私の現実を定義することはない。それは実際のデータによって検証され、否定されることを待つ仮説にすぎない。過去の仮説が繰り返し否定されてきたように。

あなたはひとりではない

自己不信は誰にでもある。妹のKatは健康とフィットネスに熱中するあまりそれで生計を立てたいと夢見るようになった。彼女は学校に通い、いずれは他の人に教えられるようになりたいと考えていた。私は言った。「ただ始めればいい。クライアントを見つけ、その人に教えてその経験を積み、次のクライアントにもっとうまく教えるんだ。広告は口コミに任せて、今すぐ夢を実現するんだ」

自己不信が少しだけ彼女を押しとどめた。それは理解できる——自己不信は私のことも何年も押さえつけていたのだ。それでも彼女は踏み出した。認可を受けて数人のクライアントに教え、それから初心者のための教室をいくつか開いた。今では彼女は夢を実現している。私は彼女のことをとてつもなく誇りに思っている。

自己不信は誰にでもある。私のもうひとりの妹Anaは、少し前に仕事を失った。自分でマーケティング会社を興すよう私は言った。自分のことは自分がいちばんわかっている、私は独立はできないと彼女は言った。それは間違っている、好きなことならできると私は言った。料理が好きなら小さな食堂を初めて人々のために料理をすることもできると言った。バレエを教えることが好きなら学校の後で子どもたちに教えることもできる。ただ始めるんだ。

彼女はそれでも自分を信じ切れなかったが、最近になってマーケティング・コンサルティングの世界に飛び込み、一歩を踏み出そうとしている。私は彼女のこともとても誇りに思っているし、彼女が飛び立てると信じている。

自己不信は誰にでもある。あなたにもある。人によっては自己不信を打ち破り、好きなことをできるところまで到達しているだろう。他の人はそこまで至っていないだろう。自己不信が自分を押さえつけていることに気づいてさえいないかもしれない。私はそれを乗り越えてきたし、妹たちも乗り越えてきたし、他の無数の人々も乗り越えてきた。私たちがあなたと違うことは何もない——ただより良い情報に行き当たっただけなのだ。

情報を手に入れよう。何かをして、フィードバックを受けよう。やり続けよう。より良くできるようになろう。フィードバックを受けながら、情報に耳を傾けよう。自己不信を検証して否定しよう。結果が出たら、そして本当の現実を知ったら、少なくとも自己不信を検証したことを誇りに思おう。私はすでにあなたのことを誇りに思っている。あなたはここまでこの記事を読んできて、暗闇の中に揺れる自己不信に小さな光を当てようとしているのだ。

私の敵は私だ
私を打ちのめすのは私だ
怪物を作り出すのは私だ
私の自信を引き裂くのは私だ
(ポーラ・コール)


レオ・バボータの電子書籍「Focus」の翻訳をRenji Talkで公開しています。
「フォーカス——雑音化時代を生きるためのシンプル化宣言」

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