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心を許す/体を許す/犯される [Thoughts]

「心を許す」って不思議な表現だと思う。その不思議さは「心」を「体」に置き換えてみればわかる。

「体を許す」といったら他人が自分の体の中に入ることを許すことだ。

そこから類推すれば「心を許す」というのは他人が自分の心の中に入ることを許すことだ。

それってけっこうすごいことだ。簡単にできることじゃない。そして簡単に相手に求められることじゃない。

体を許していない人の体の中に勝手に入ろうとすることを「犯す」という。それはやってはいけないことだ。

ならば心を許していない人の心の中に勝手に入ろうとすることも、同様にやってはいけないはずだ。

相手の体の中に入りたいと願うなら、時間をかけて気持ちをこめて手を尽くさなければならない。それでも結局入れないことだって(たくさん)ある。だからこそ入れたときの喜びだってある。

同じように、相手の心の中に入りたいと願うなら、時間をかけて気持ちを込めて心を尽くさなければならないはずだ。それでも結局入れないことだって(たくさん)あるはずだ。だからこそ入れたときの喜びだってあるはずだ。

「なかなか心を許さない」人を安易に責めたり揶揄したり敵視したりする人は、たぶんそのことがわかってない。そしてそういう人は、おそらく体の中に入ることも簡単に考えている。
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