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評価されること、モテること [Thoughts]

仕事で評価されようと努力することは、モテようと努力することに似ている。

たとえば、努力しても成功する確率がきわめて低いというところ。あるいは無理にがんばるほど、なんだか悲しい結果に終わるところ。

「成果主義」が今ひとつうまく機能しないことが多いのは、たぶんどうでもいい他人がつける点数を気にして、自分の意思や感覚とは無関係な目標を立てて、その実現のためにエネルギーを割くという行為自体が、人の能力を減殺するからだ。

これはすごく重要かつシンプルな真実だと思うんだけど、人間は自分にとってどうでもいいことで力は出せない。

ベタな例をあげれば、「私」が「福山雅治」(でも誰でもいいけど)のように振る舞ったからといって、女性から「福山雅治」のような評価を得られるわけではないばかりでなく、素の「私」以下の存在に転落してしまう可能性が高い。

そのことには、おそらくほとんどの人が同意すると思うけど、こと仕事となると、それと実質的に同じことが普通に奨励されてるような気がするのはなんでだろう。

たとえば、いわゆるどろくさい接待営業に向いていないと感じている人間がいたとして、その人が「評価」のために仕方なく「仕事だ」と自分に言い聞かせて、無理にお得意さんを女の子のいるお店で接待する。

賭けてもいいけど、その人はどれだけ努力しても一定以上の能力を発揮することはできないし、評価もされない。

いや、俺は心の底からそういうことに向いてないけど日々努力を重ねて大きな成果を上げてるぜ、という人がもしいたら、これまた賭けてもいいけど、あなたは間もなく身体か精神を壊すぜ。

モテることや、評価されることを目的に自分の能力の半分も出せないことに費やすエネルギーがあるなら、自分がごく自然に力を出せることにそれを向けるべきだ。

ごく自然に力を出せることとは、具体的には「人から言われなくても自然にやっちゃうこと」であり、「放っておいても努力しちゃうこと」であり、「無理に自分を鼓舞しなくても時間を惜しまず取り組んじゃうこと」だ。一言でいうと「好きなこと」ですね。

そんなふうにしていれば、自然により質の高い何かが生み出され、人目にもより魅力的に映る。結果的により評価されることにつながるし、モテることにもつながる(少なくとも、評価されることばっかり意識して何かするより、その可能性は高い)。

そして、何よりもその方が自分のためにも世界のためにもなる。
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