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歳とともにクリアさを増すような生き方ができれば [Diary]

結婚してる男性が、せっかく始めたジム通いを止める大きな理由のひとつが、週末の時間をジムに使うことを家族が認めないからだ、という話を聞いたことがある。

ま、それはいいんだけど、不思議なのは週末だけジムに通って意味があるんだろうかという話。

確かにジムに通えば、安全で効果的な運動のやり方を体力に応じて教えてくれるし、プールもマシンも揃ってるかもしれないけど(行ったことがないから想像にすぎないけど、きっとそうだよね?)。

それでも、高いお金をかけて週末だけジム通いする(そしてきっと冒頭の話を考えれば、多くの人は毎週末通えるわけではない)よりも、少しだけ食事に気を使って、毎晩家で腕立て伏せと腹筋とスクワットを30回くらいずつでもやった方が、目に見えて効果はあると思う。

よほど本格的に身体を鍛えたり、真剣にスポーツをやりたいというならともかく、ゆるんできた体をちょっと引き締めたいとか、お腹を引っ込めたいとか、その程度の動機ならば特に。

ジムにでも通って強制されないと自分の意思では続けられないからと言うんだけど、それでもジムまでは自分の意思で行かなきゃならないし、それは結構面倒くさい。だからちょっと障害があれば(絶対にある)、結局通い続けることはできない。語学学校と同じだ。



いずれにしても、運動はときどき思い立ってするよりも継続が大事。ということは誰もが知っているけど実行することは難しい。

個人的にはそれほど太りやすい体質じゃないけど、それでもこのトシになるとちょっと気を抜いてると(あるいは不規則な生活が続いたりすると)、確実に、目に見えて、体がゆるんでくる。

この「ゆるむ」という感覚がすごく不快だ。そのこと自体もだけど、もっと不快なのは、カラダがゆるむとその分だけ気持ちも行動もクリアじゃなくなる感じがすること。当たり前だけど身体と精神は連動しているから。

そして、自分の中でこの「クリアじゃなくなる」感じは、悪い意味で歳をとることと同義みたいなところがある。どんよりとした、ぼんやりとした、精神と行動との間に膜がかかったような感じ。歳をとること自体は別にこわくないし嫌でもないけど、「クリアじゃなくなる」感覚だけはこわい。

だからこそ、クリアさを保つためになら、食事に気を遣うこともするし、ちょっとの運動を継続することもしようという気になる。

歳とともにクリアさを増すような生き方ができれば、歳をとるのは決して悪いことじゃないから。
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