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優先順位をつけないことが正解な場合もある [Diary]

「優先順位をつけないことが正解な場合もあるけどねー」って何の気なしに言ったら、年下の友人から「どうしてですか??」と説明を求められた。(^^;

もちろん明日締め切りのシゴトと来週締め切りのシゴトがあったら、どっちを優先するべきかは明白。

でも、自分の意思で行う自分自身の活動について「優先順位」を決めることに意味のあるのかどうか、自分にはわからない。

そもそも優先順位をつけるということは、あることが別の何かよりも「重要」だとあらかじめわかってるということ。

それってある意味では結果を既にイメージできているということだ。

でも、人生が計画した通り思い通りに進むことなんてまずない。今日何かがより重要だと思っても(そして優先順位を高く設定しても)、一週間後にそれがまだ重要だとは限らない。

何が重要だったかなんて、ほとんどの場合「結果的に」後になってからしかわからないのだ。

※ちなみに「後になってからしかわからない」はずのことを事前に決めつけようとすることで、不幸になってる人がたくさんいる、と思う。

よく自己啓発書なんかに出てくる「重要度」と「緊急度」のマトリクスがあるけど、ビジネスならともかく、人生の優先順位の根拠として本当に確実なのは「緊急度」だけで、「重要度」なんてそんなにも不確実なものだ。

そんな不確実な「重要性」に基づいて優先順位を決めてしまったらどうなるか。

いったん優先順位を決めてしまうと、行動が優先順位に縛られる。

優先度を高く設定したことが、(気分が乗らないとかで)どうしてもできなくても、優先度が高いという理由だけでなんとかそれをやろうと葛藤し、その結果時間と気力を消耗する。

そして、優先順位さえ決めていなければ自然にできてたかもしれないことが、できずに終わる。真面目で誠実な人ほどそうなる。身に覚えありませんか?

だったら、優先順位なんか決めつけようとしないで、最初からその瞬間にやりたいこと、できることを片っ端からやった方が結果的に「正解」である可能性が高い。少なくとも「何かをしている」わけだから。

そうやって「結果的にやってしまったこと」を後から位置づけていくと、意外に間違ったことにはなってないことが多い。少なくとも優先順位を一生懸命考えたあげく何もしてないよりは。



て、ここまで書いてきて思うんだけど、これは要するにレオ・バボータの「ノーゴール」(目標を定めない)と同じことだ。

ただ、個人的には「目標を定める」ときの高揚感は捨てがたいので、完全に「ノーゴール」にしようとは思わないけど。



あ、でもひとつだけ確実な優先順位の根拠があった。
それはたぶん「愛」です。
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