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作文の風景、レポートの風景 [Diary]

「作文」について考えてて思い出したこと。

サンフランシスコに住んでいた頃(小学校一年生から五年生)、平日は現地の学校に通い、土曜日だけ現地の学校を間借りして開かれる日本語学校に通っていた。

日本語学校では、日本から派遣された先生が日本の教科書を使って授業をする。といっても週に一回なので、国語・算数をメインに理科・社会を少々。理科の実験や体育は割愛だったけど。

で、国語があれば当然「作文」がある。普段は日本語学校でもアメリカ製のノートを使っていたけど、「作文」のときにはちゃんとコクヨの原稿用紙が配られる。そして「なつやすみのおもいで」とか「『きかんしゃやえもん』を読んで」とかを書く。

そういう「作文」がとてもとても苦手だった。単純に何を書いていいかわからなかった。鉛筆を握ったまま硬直しているぼくに先生は「思ったことをそのまま書けばいいのよ」と言ったけど、そもそも何を思えばいいのかわからなかった。

生まれてはじめて誉められた作文は、家族で退屈なアイダホの田舎をドライブしていて、前を走るじゃがいもを満載したトラックの荷台からときどきじゃがいもが転げ落ちるのを、「正」の字を書いて数え続ける様子をひたすら描写したものだった(思ったことなんて何も書かなかった)。

今考えるとかなりシュールな内容だ。



逆に現地の公立小学校で日本でいう「作文」に該当するものを書いた記憶はない。

そのかわり、高学年になると「レポート」というのをよく書かされた。指定されたテーマで、あるいは事前に自己申告したテーマでレポートを書いて、クラスの前で発表する。

「Peanuts」の中で、チャーリー・ブラウンやペパーミント・パティが「This is my report on xxxxx」という定番のセリフとともにやらされてるやつですね。

小学生ということもあって、特に技法的なこと(文献の調べ方とかアウトラインの作り方とか)は習わなかった。ただ印象に残っているのは、「レポートするとはどういうことか」についてわりにしつこく言われたこと。

たとえば誰かが「This is my report on our neighborhood history(これは学校の近所の歴史についてのレポートです)」と言って発表したレポートが、「That’s a report on your grandpa(それはあなたのおじいさんについてのレポートね)」と却下されてしまう。

昔のことを良く知ってるおじいちゃんに話を聴いて、学校周辺の歴史についてのレポートを書いたら、そう言われちゃったわけだ。じゃあどうすればいいのか。

先生が言ったのはこういうこと。

内容は今のままでいい。ただ「He said there was a big fire in 1950(彼=おじいちゃんは、1950年に大きな火事があったと言った)」という部分を、「According to grandpa, there was a big fire in 1950(おじいちゃんによると、1950年に大きな火事があった)」に変えなさい。

たったそれだけの違いで、続きの文章も変わる。「おじいちゃんは、1950年に大きな火事があったと言った」と書いたら、続きはどうしても「あのときは大変だったとおじいちゃんは言った」とか、「おじいちゃんはそのときどうしたの?とぼくは聴いた」とかになってしまう(「おじいちゃんについてのレポート」だ)。

でも「おじいちゃんによると、1950年に大きな火事があった」と書けば、続きは自然に「何軒もの家が焼けて、長いこと空き地になっていたという」とか「火事を教訓に毎年消防訓練が行われるようになった」とかになる。つまりそれが「学校周辺の歴史についてのレポート」ということだ。



別に作文教育の優劣の話ではなく(日本的作文にも確かに意味はあるとは思う)、ただその違いがとても印象に残っているという話。

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