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海辺の町のハンバーグ(この人生の小さくて巨大であること) [Diary]

大学一年の秋、朝家を出て電車には乗ったものの授業に出る気にならず、そのまま終点まで行った。特にロマンチックな動機でもなく、ただ降りるのが面倒だというだけ。

授業だけでなくどんなこともする気になれなかった。同級生たちも授業もサークルもコンパもドライブもバイトも何も面白くなかった。何もやりたくなかった。やりたいことを探したくもなかった。



終点は海辺の町だった。ひとりで海岸沿いの道を歩き、ひとりで海のそばにある小さな山に登り、ひとりで気持ちのいい空気を吸い、ひとりで景色がよかった。

町の中心に戻り、商店街をひとりで歩きながらふと時計を見るともう一時を過ぎていた。朝から何も食べていなかったので、商店街のはずれで目に付いた喫茶店兼レストランみたいな店に入った。

ファーストフードとラーメン屋以外の店にひとりで入るのははじめてだった。ランチメニューのいちばん上にあった「ハンバーグセット」を頼んだ。

ハンバーグは少し時間がかかりますということだった。雑誌でも買っておけばよかったと思ったところで、前日に大学の生協で買った小説がバッグの中に二冊入っていることを思い出した。

特に読みたかったわけでもなく、休講の暇つぶしのために平台にあったのを適当に買ったまま忘れていた本。そもそも小説などというものをほとんど読んだことがなかった。強いていうならタイトルが気になっただけ。

一冊を取り出し、たまたま開いたページに「ハンバーグ」という文字があるのに目が止まった。

「ハンバーグ・ステーキの味は素敵だった。香辛料がほどよくきいて、かりっとこげた表面の内側には肉汁がたっぷりとつまっていた。ソースの具合も理想的だった。」

数ページ後でその短編は終わっていたので、初めに戻って読みはじめた。短編のタイトルは「バート・バカラックはお好き?」だった。ハンバーグの話ではなかった。でもハンバーグがとても重要な役割を果たしていた。

ちょうど最初に開いたページのあたりまできたところで、注文したハンバーグが運ばれてきた。

ハンバーグ・ステーキの味は素敵だった。香辛料がほどよくきいて、かりっとこげた表面の内側には肉汁がたっぷりとつまっていた。ソースの具合も理想的だった。

ハンバーグを食べ終わった後も、セットのコーヒーを飲みながらその短編を読み返した。ハンバーグがとても重要な役割を果たし、そして官能的な話だった。



店を出てもう一度、商店街を歩いた。地元の書店や文房具店をのぞいた。それから地元のスーパーも。

もう少し歩きたくなって、さっき歩いた海沿いの道に戻り、今度は海岸に降りてみた。海岸で本の続きを読んだ。

それは村上春樹という作家(名前だけは知っていた。まだ「ノルウェイの森」がベストセラーになる前の話)の「カンガルー日和」という短編集だった。

目次を見てタイトルに惹かれたものを適当につまんでは読み、疲れるとぼんやりし、またつまんでは読んだ。気に入ったものもそうでもないものもあった。鼻に付く文章だなと思ったものもあった。

とてもひとりで、とても自由だった。

気がつくとあたりは暗くなりかかっていた。そして、お腹がすいていた。さっきハンバーグを食べたばかりなのになと思ったけれど、もう三時間近く経っていた。

家に帰ろう、と思った。今日は家族は外出しているけど、ひとりで何か食べよう。食べながら本の続きを読もう。とてもひとりで、とても自由に。そして本はもう一冊ある。



帰りの電車の中でもう一冊を取り出した。それは「羊をめぐる冒険」というタイトルの長編だった。カンガルーの次は羊か、と思った。



この間Tomo.さんと海辺の街を散歩しているときに見つけたカツカレーのおいしいお店が、あのときのハンバーグのお店だったことに突然思い当たったとき、この人生というものの小さくて巨大であることを思った。

※引用は村上春樹「バート・バカラックはお好き?」、『カンガルー日和』(講談社文庫、101ページ)
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