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ジェネラルライフ [Thoughts]

人生について、あまりにも限定的な範囲での客観的な結果にこだわる態度は、役に立つ場合もあるけれど、人生に与えられた重要な希望を自ら捨てることにもつながりかねない。

政治家が重要な政治判断について「総合的に検討し、適切に判断する」としか言わなかったら、そこには言葉に対する不誠実さしか感じないけれど、それは政治家が限定的な範囲での客観的な結果に対する責任を負っているからだ。

でも、自分の人生は「総合的に」判断していい。
これが希望でなくてなんだろう。

たとえば、今日予定したタスクが終わらなかった。
達成すべきことが達成できなかった。

限定的な範囲での客観的な結果にこだわれば、その日は不満足な、不成功な一日だろう。

でも、今日を振り返って範囲や基準を限定せず「総合的に」判断すれば、実は満足できる一日だったということは充分あり得る。

もし仮に今日がどれほど「総合的に」考えたところで不満足だったとしても(そういう日だってある)、「今週」や「今月」や「今年」のスパンの中で「総合的に」振り返ってみれば、実は満足できる人生を構成する一日だったということは、やはり充分にあり得る。

人生はそもそも「総合的」なものだ。
くり返すけど、これが希望でなくてなんだろう。

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