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芸術品 [Diary]

この間、お酒の席で会った女の人。

女性を交えたお酒の席の常として、男性陣からのセクハラ的言動の頻発は避けられないのだけど、それに対するあしらい方の瞬発力・言語感覚がほとんど芸術の域に達していて、感動する。

そんなことで感動しちゃいけないのかもしれないけど、やっぱり感動する。

この域に達するまでに、この人はどんなことをどれだけくぐり抜けてきたのだろう? という感想さえその場では抱かせないほどの芸術。

某最高学府を卒業し某大手代理店で働く38歳独身。
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80's & 90'sパソコンユーザーへ [Diary]

パーソナル・コンピューターは、適切に使えば人の能力を何倍にも何十倍にも高めてくれるかわりに、そうではない使い方を強制すれば、むしろ能力の発揮を妨害するものにしかならない。うちの職場を含めて、多くの職場のコンピューターは残念ながら後者。

で、冗談じゃなく、自宅のマックを使うときと職場のパソコンを使うときの、自分の能力には数段差があると思う。

マックとWindowsの優劣なんていう、ちっせーことが言いたいのではなく、もちろんWindowsでも使い方によってはもっとずっと役に立つはず。

でも、たとえば何かをやろうとするたびに目の前に立ちふさがるようなOffice2007(だか2010だか)や、ユーザーのエネルギーを吸い取るために開発されたとしか思えない独自開発システムを強制すれば、それによって失われるものの大きさは、計り知れない。

みんな同じ条件でやってるんだからがまんしろ?

これが単なる職場の愚痴ではなくて、すごく大きな、切実な問題だということが理解されないのは、たぶん多くの人がパーソナル・コンピューターで本当はどんなことができるか、理解してないからかもしれない。

パーソナル・コンピューターは〈パーソナル=個人〉の能力を拡大し、助けるためにある。管理をするためではない(管理「も」することはできるし、企業ならばそれは当然)。

80年代後半から90年代前半にかけて、MOREやActaやInspirationやHyperCardやVZ Editorや新松やMS-DOS Toolsの洗礼を受けた人たち、もっと声を上げて!

関連記事:Get Off of My Cloud

2010年のみなとみらい [Diary]

ずいぶん久しぶりに、みなとみらいを歩く。と言っても、用事があってみなとみらい駅から桜木町駅まで通り抜けただけだけど。

最近ではみなとみらいで降りることも年に一度あるかないかだけど、90年代後半には大好きでよく通った。

私生活的には最も苦しい時期だったけど、ランドマークプラザの有隣堂書店の大きな洋書コーナーや、クイーンズイーストの地下で見られるちょっとめずらしい食料品やキッチン用品の存在に、ずいぶん救われた気がする。

2010年のみなとみらいには、自分のためのものはほとんど何も見つけられないけど、一組ものすごく楽しそうで幸せそうなカップルを見かけたから、よしとしよう。
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言葉リバイタライジング [Thoughts]

「女の人が書いた本」が無性に読みたい。もちろん女の人が書いた本ならなんでもいいというわけじゃなく、対象はすごく限られてるのだけど。

ときどき「女の言葉」を浴びるように読んで、体内に採り入れたくなる周期がある。そういえば去年の今頃は図書館で借りた高山なおみさんの「日々ごはん」を立て続けに読んでたし、何年か前は江國香織さんを片っ端から読破した。今回はまだわからないけど、綿矢りささんかもしれない。

たぶん、自分の中で言葉が固まってきたような気がする時期と一致している。言葉が固まる感じって、すごく気持ち悪いし、だるいのよ。

組成の違う言葉を体の中に大量に入れると、自分の中にもともとある言葉とシャッフルされて、結果として固まりかかっていた自分の言葉が流動化するというか再活性化するというか、そんなリバイタライジング感がある。

そもそも他人の書いた文章を読むという行為自体が、本来そういう意味を持ってると思うけど、個人的に「男の言葉」よりも「女の言葉」の方が、よりリバイタライジング感覚を味わえることが多い。

フェミニズム的に正しいのかどうかわからないけど。
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サンフランシスコの大人たち '70s [Thoughts]

実はもうずいぶん長い間日本から出たことがない。最後が95年のことだから、もう15年も前(つまり、社会人になってからほとんど日本から出ていないということだね)。

でもここのところ、サンフランシスコを今の目でもう一度見てみたいという気持ちがすごく強くなっている。サンフランシスコに住んでたのは1975年から79年の間。日本の学年でいうと一年生から五年生の間だけど、そのサンフランシスコを大人になった今の視点でもう一度見てみたい、という気持ち。

サンフランシスコ、いいところです。

そもそも自分の好きな街のイメージを形容すると「港があって起伏があって公共交通機関が発達しているそんなに大きすぎない街」なんだけど、これってまさにサンフランシスコそのものだ。

気候も素敵。平均最高気温は月によって18°C から21°C 、平均最低気温は月によって11°C から13°C(ウィキペディア「サンフランシスコ」より)。年間を通じて暑すぎたり寒すぎたりということがほとんどない。

それから、他の場所では認められないものの存在を許してくれるところ。だからサンフランシスコは移民が多いし、ゲイやヒッピーの街でもある。「外国人」として5年弱過ごしただけなのに、まるで生まれ故郷みたいな気がするのは、そういう気風があったからかもしれない。

いいところです。

でもそれだけじゃなく、もし子供の頃サンフランシスコという場所に住んでなかったら、今いる自分とは全く違う人間になっていたんじゃないかという気がする。

下世話なレベルでは、もし英語ができなかったらそもそも自分は大学には入れなかった可能性が高い(そもそも高校進学さえ危ぶまれたんだから)というのがあるんだけど、話はもっと深くて。

住んでいたのはサンセット地区という、観光ではまず行かない場所だけど、白人から黒人、ヒスパニック、中国系へと住民構成が急激に入れ替わり始めていた当時のサンセット地区で暮らしたことが、自分の中の深いところに影響しているような気がする。

通っていた公立小学校では先生も生徒も白人は少数派で、友だちの中で白人はひとりしかいなかったし、そのせいか人種差別的な、あるいは異文化に対する不寛容さを感じることはほとんどなかった。だからこそ、子どもの間でそのような言動があったことが発覚したときに、教師たちが示した怒りや失望は、本物だった。

アメリカはそういう場所ではない。二度とそのような振る舞いをするな。その言葉の強さに圧倒されたことが何度かある。

教師だけじゃなくて、いろんな大人たちが、それぞれの思う理想のアメリカを子どもに向かって語ってたような印象がある。

隣に住んでいたアル中のおじいさんは、バーボン片手にカウボーイの投げ縄の投げ方を教えてくれながら「こいつがアメリカの魂なんだぜ……」と言った。

そのおじいさんが亡くなった後、隣に移り住んできた沖縄帰りの若者三人組は、大音量でイーグルスをかけながら「素晴らしいと思わないか? 世界中の人がこういう素晴らしい音楽を聴くべきなんだ。そうしたら、戦争する必要なんかなくなるんだ」と言った。

学校の社会科見学みたいなもので訪問した消防署のパットという消防士は、ぼくが友だちと二人で後からノコノコ再見学に行ったとき、親切に消防署や消防車を見せてくれた後で、「消防士になりたいか?」ときいた。「なりたい」というと「Brave guy! I'm proud of you!(勇敢な奴だ! 誇りに思うぜ)」といって、サインをくれた(消防士にはならなかったけど)。

今考えるとそういういろんな「理想」の中には、保守的なものからマッチョなものからヒッピー的なものまで、いろんなものがミックスされてたけど、そういうのを全部いっしょくたにして、ぼくはアメリカの理想だと認識していたし、それを栄養にもしていた。

で、青臭いかもしれないけど、彼らがコーランを焼くことを支持する姿を、ぼくはどうしても想像できない。

少なくともぼくは、サンフランシスコで、あるいはサンセットで、イスラムは敵だなんていう言葉を耳にしたことはない。もちろん当時は9.11以前であり、それどころかイラン革命以前であり、イスラムに対するアメリカ人のイメージを今と比較することはできないし、当時の「敵」はイスラムじゃなくコミュニストだったのだろうけど、それでも。

あるいはそういう「理想」の一部こそが、異文化に対する不寛容な姿勢につながってる場合もあることを重々承知してるけれど、それでも。

あるいは広いアメリカの中で、サンフランシスコは少し特殊な場所だし、その印象でアメリカを語ることはできないことわかってるのだけど、それでも。

だから、一度大人になった目で、サンフランシスコの、それもサンセット地区を歩いてみたら、何が見えるんだろうと思う。

今のサンセット地区が、当時と比べてずいぶん荒んだ感じの場所になっているらしいことは、グーグルストリートビューを見てるとひしひしと伝わってくるのだけど、それでも。
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アウトライナーを知ってしまった不幸? [アウトライナー]

Evernoteは確かに素晴らしいけど、アウトライナー使いとしてはどうしても、このメモの一覧がアウトラインになってればいいのになあ、と思ってしまう。

Evernoteの高度な検索やタグ機能があれば、確かにためこんだ膨大なメモの中から必要なものを引っ張り出してくることはできるのだけど、引っ張り出されてきたこれらのものは、つまりどういうことなのか知ろうと思うと、そこで止まってしまう。

タグなんかいらないから、マウスで階層化と順序入れ替えのできるアウトライン機能がほしい……。なんていうとヘビー・エバーノーターな方々に怒られるかもしれないけど。

Evernoteに限らず、アウトライナーを知ってしまったばかりに、アウトライン機能がついていないあらゆるものに満足できなくなってしまう病なんです。



一方で、Evernoteをはじめとしたクラウドサービスに触れていると、残念だけどOPALをはじめとするデスクトップ上で完結したアウトライナーは、時代遅れな存在になりつつあるという実感も確かにある。今のままだと、デスクトップアプリとともに、アウトライナーというもの自体が消滅してしまう懸念さえある。

なんといっても自分自身、だんだんマックでやった作業の続きを、iPhoneでシームレスに続けられないと我慢できなくなりつつあるんだ(おそろしい)。

今のところの個人的理想は、OPALの操作性を継承したWEBアプリが、デスクトップ版のOPALと同期できること。さらに同じくOPALの操作性を継承したiPhone版アプリとも同期できること。アウトラインのデータはiDiskやDropbox上に保存したOPMLファイルを介してやりとりするとか。

OPALの操作性を継承したWEBアプリを作ることは、thinklinkrなんかの例を見れば不可能ではないと思う。

というようなものが登場するまで、不幸は解消されないような気がするけど、果たして登場する可能性はあるんだろうか。

本当はOmni Focusで実績のあるThe Omni Groupに期待したいところです。

素晴らしすぎて不安になる [Diary]

昨日たまたまテレビでメジャーリーグ中継を見ていたら、ブレーブスの斎藤隆が登板し、画面を通じて見ているだけでぞくぞくするような、そのピッチングのあまりのすばらしさに、何か言いようのない不安な気持ちになる。

どうしてそんな気持ちになるんだろう? と不思議に思ってたら、二連続三振を取ったあと三人目のバッターの初球で肩を痛めて自ら降板。そうか、そういうことか……。

そこで不安を感じた自分はスゴイと一瞬思ったけど、たぶん見ていて同じような気持ちになった人、いるんじゃないかと思う。

それにしても斎藤隆、こんなすごいピッチャーがベイスターズにいたんだなあ。

なんといっても、40歳を過ぎた日本人投手がメジャーで、それもパワーピッチで通用しているのがすごい。大事に至らないといいけれど。と心から願う横浜市民です。
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ザディコキックス@闇市 [Diary]

昨夜はザディコキックスを見に、六角橋商店街の「闇市」へ。
演奏時間は短かったけど、相変わらずゴキゲン。
ギャラリーも前回見たときより盛り上がってました。

親子で共演!
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お疲れ様でした。
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印象的な笑顔の不思議 [Thoughts]

笑顔が印象的な人って、いますよね。もう会うこともないんだけど、その人の残した笑顔の印象が、その人全体の印象を良いものにしているような人が。そういう人って、たとえもう会うことがなくても、たまに思い出すと勇気がわいたりもします。

どうしてそんなことを思ったかというと、今日もひとり、そういう人に会ったから。それは人生の中ではとても良いことだと思うけど。

だけど今日もそうだけど、これまで会ってきた人の中で特別笑顔が印象的だった人の、最高の笑顔を見た場面て、決して嬉しかったり楽しかったりする場面ではなかったりする。

それは例えて言うなら、聴いていて唐突に涙が止まらなくなった数少ない曲は、決して悲しい曲ではない、というのと似ているかもしれない。

このことが示しているのは何か、と思うわけです。何かを示してるんだけどな。
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ミセス・マパの30年残る言葉 [Thoughts]

ミセス・マパ(Mrs. Mapa)は「セックスは人生でいちばん素晴らしいことだ」と言った。ミセス・マパはアメリカで通っていた小学校の先生。当時20代後半か30代前半くらいのフィリピン系アメリカ人。帰国する直前のことだから、たぶんぼくが11歳くらいのときだったと思う。

セックスは人生でいちばん素晴らしいことだ。
あなたたちにもそう思ってほしい。
そのことさえ理解してさえいれば、大きな間違いを起こすことはない。
私はそう信じている。
だから何よりも先にそのことを伝えたかった。

いったいどういうシチュエーションでそんな話になったのか、今となっては謎なのだけど。

何か性教育みたいなものの時間だったのか?
単なる雑談みたいなものだったのか?
誰かがふざけてその言葉を叫んだり誰かをからかったりしたことに対して?

とにかく、ミセス・マパが教室でクラス全員に向かってそう言ったことははっきり覚えている。

Having sex is the most wonderful thing in life.

ちなみに、この時点でそれが具体的にどのようなことを差しているのか、ぼくは理解していなかった。クラスの何人くらいが理解していたのかもわからない。1970年代末のアメリカの公立小学校で、教師がそのような発言をすることが正しい(とされていた)のかどうか。サンフランシスコという土地柄なのか、時代的な背景なのか。思い出しても謎ばかりなのだけど。

でも、今考えると自分のセックス観や恋愛観の根底には、確かにそのときのミセス・マパの言葉がある。もちろんいろんな間違いをしてきたのだけど(恥)、でも間違いも含めたいろんなものごとの底の方には、その言葉があるような気がする。そして、確かに本当に致命的な間違いはしていない、と思う。

理解できないなりに、でもその言葉を人生の中でとてもポジティブなものとして捉えたのは、たぶんそのときのミセス・マパの言葉が本物だったからだ。

考えてみると、日本の大人のどれくらいが、子どもや若い人に対して堂々とそんなことを言い切れるだろう?

何もセックスに限った話ではなく。

日本の大人のどのくらいが、美辞麗句としてではなく、建前としてでもなく、人生は素晴らしいものだと子どもや若い人に対して言い切れるだろう? 

それって、すごい重要なことなんじゃないか。というか、それが今いちばん欠けていることなんじゃないか。そのためには、実際にそのように生きていることが必要なんだから。

大人なら、そして教育云々と言うなら、子どもや若い人の心をポジティブな方向にねじ曲げて、なおかつ30年後にもまだ残っているような言葉を吐いてみろよ。

まして政治家なら。
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