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ストリーム・オーガナイザー [アウトライナー]

アウトライナー、もしくはアウトライン・プロセッサーという名前は、このソフトにはあんまり相応しくないと長い間思っていた。

アウトラインを作るためのソフトという印象が、このソフトの理解を難しくしてるような気がするから。

で、今のところ思いついた中でいちばん相応しい名前は「ストリーム・オーガナイザー」なんじゃないかと思っている(いや、センスの問題はさておきね)。

「流れていくもの(ストリーム)をキャッチして体系化(オーガナイズ)するための道具」というのが、自分のアウトライナーの考え方に最も近い。

そして、多くの人の持っているアウトライナーのイメージとの間に最も乖離があるのは、まさにその部分だと思う。
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雑多であることに価値がある [Thoughts]

Renji Talk本館を読んでくれてる人の多くは、アウトライナーに興味がある人とレオ・バボータに興味がある人だ。

で、たまにアクセスログを見てると、アウトライナーに興味がある人はアウトライナー関連の記事ばっかり読み、レオに興味がある人はレオ関連の記事ばっかり読んでることがわかる。

ま、当たり前のようなことだけど。

だから、アクセス数を増やすということでいえば、本当はテーマ別にサイトを分けた方が賢いのかもしれない。というかブログの原則論でいうとおそらくそうなんだろうと思うし、実際にそういうアドバイスをもらうこともある。

でも、ときどきレオから入ってきた人が、アウトライナーの記事に興味をひかれてずっと読み続けてくれたり、その逆があったりすることも知っている。数としては決して多くないけど、そういうのってとても嬉しい。

なぜなら、一見無関係なこの二つは、自分の中では確実に繋がっているから。そして、その繋がりが自分そのものだという気がするから。

個人的には、一見雑多な(ように見える)ものが、ある人間のフィルターを通って濾過され、加工されて渾然一体となったようなものにとても惹かれる。

デイブ・ワイナーのScripting Newsはその代表だ。その内容は、アウトライナーやRSS、OPML、ポッドキャスティングといったワイナーの専門領域はもちろん、政治、ジャーナリズム、音楽、映画、自転車などなど、あらゆる内容が詰め込まれている。

Scripting Newsに単なるテクノロジー・ブログ以上の深みを与えているのは、まさにその雑多な部分だ。そして、ワイナーの開発者としての深みも、そこから来ている気がする。そこではむしろ雑多であることに価値がある。

重要なのは、それが単なる「何でもあり」ではなく、ワイナーの興味の対象というフィルターで濾過され、加工された雑多さだということ(単に雑多でいいならば、Googleの検索結果が最高に楽しい読み物になってしまう)。

自分のサイトやブログも、ワイナーとは比べるべくもないけど、そういうものでありたい。

※そして、実用的でない部分に価値がある。
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過去形でしかわからないこと [Thoughts]

スタバで「将来の夢」についてなにやら議論する学生っぽい男女三人組。

なんとなく耳に入ってくる会話を聞いているうちにわかったことは、自分の「夢」を発表しなきゃいけなくて、しかもそこには〈具体性〉と〈理由〉が求められているらしいこと。

台割りみたいなものを作ってたから、たぶんパワポでプレゼンか何かしなきゃならないのね。そして当然のことながら、結構悩んでたみたいで、三人とも頭を抱えていた。

学校の課題なのか就活がらみかわからないけど、暴力的な話だ。

夢が当然あるべきだという前提自体、一種の人権侵害じゃないかと思うんだけど、そこに〈具体性〉と〈理由〉を求めるというのはますます暴力的な気がする。

当たり前だけど、〈具体性〉と〈理由〉って夢とは最も相反する単語でしょう。

つまり、夢といいながらここで問われているのは〈将来就きたい職業〉ということなのだ。だったら最初からそう言えばいいじゃないの。



具体性や理由を問うても意味のない物ごとというのが世の中にはあって、そのひとつが「夢」だ(ちなみにもうひとつは「愛」であり、さらにもうひとつが「性」だ)。

具体性や理由を求められると、説明することに(=ロジックに)意識がいくあまり、本質の部分がねじ曲がってしまうことがある。

もっとはっきり言えば、ほとんど必ず嘘をついてしまう。あるいはほとんど必ず薄っぺらい答えになる。

例)以下の空白を埋めよ。
A「○○くんのことが好きで結婚したいです」
B「好きな点を具体的に挙げよ」
A「(              )」
B「なぜ結婚したいと思うのか。その理由を述べよ」
A「(              )」

この空白を無理に埋めるように要求されて、まったく嘘をつかずにすむ人間がどれだけいるだろうか。逆にこの空白にぴったりはまる答えを、自分の本当の気持ちとして書き込めたとしたら、逆にその結婚が心配になってこない?

A「○○くんのことが好きで結婚したいです」
B「好きな点を具体的に挙げよ」
A「(優しくて頼りがいのあるところです)」
B「なぜ結婚したいと思うのか。その理由を述べよ」
A「(収入が安定しているからです)」

空白を無理に埋めることを強制されることは、場合によってはとても良くない影響をもたらす。たとえば「説明できること」を優先して、常に二番目の選択をし続けてしまう、というような。



「サッカー選手になりたい」という夢を抱いて、本当にそのために努力しているという幸福な例は別として、「夢」なんて本来過去形でしか語れないようなことなんだと思う。過去形でしか語れないはずのことを、未来形で語らせるから暴力的なのだ。

逆に過去形で考えてみると、驚くほどクリアにわかることがある。

仮に「夢というのは生きる意味である」と定義したとして、じゃあ「今までの人生の中で生きていてよかったと感じた瞬間」について考えてみる。

するとそれは「初めて手をつないだ時の感触」だったり、「時間を忘れて夜通し話しこんだ朝」だったり、「いくらでも歩き続けられるような気がした」ことだったり、「時間を忘れて読んだ本」だったり、「悲しくもないのに知らないうちに涙が溢れてくるような音楽に出会ったこと」だったり、「自分の言葉が生命を帯びたように感じられた瞬間」だったりする。

次にベクトルを逆にして、これを未来に向けてみる。

どこにも具体性はないし、理由も説明されてないけど、必要な全ての答えはそこに含まれている。
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レオ・バボータ「座ってただ眺めている」 [レオ・バボータ関連]

Renji Talk「座ってただ眺めている」を公開。レオ・バボータ「Sitting and Watching」Zen Habbitsより)の日本語訳です。
私たちは人生を大急ぎで駆け抜けている。忙しさ囚われるまり、ほとんど気づかないうちに人生が過ぎていっている。そんなふうに感じたことはないだろうか。

私はしょっちゅうそんなふうに感じている。

シンプルな対抗策がある。座ってただ眺めていることだ。

忙しいだろうが、ちょっとだけ座って私の話を聞いてほしい。想像してみよう——あなたは車を運転しているところだ。交通量の多さに苛々している。時間に遅れないようどこかにたどり着こうとしている。乱暴な、間抜けなドライバーたちに腹を立てている。アスファルトの帯の上の鉄のジャングルを通り抜けることしか頭にない。そしてようやく、あなたは目的地に着いた。よくやった。素晴らしい。時間にも数分遅れただけだ。……しかし、今来た道沿いの風景を覚えているだろうか。道すがら誰かと話をしただろうか。ドライブを楽しんだだろうか。
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レオ・バボータ「何もない静かな部屋で、ひとり過ごせるようになる」 [レオ・バボータ関連]

レオ・バボータ「Learning to Sit Alone, in a Quiet Empty Room」の日本語訳「何もない静かな部屋で、ひとり過ごせるようになる」を公開しました。
日常生活の中で抱えている悩みごとや問題をいくつか頭に浮かべてみよう。もし、何もない静かな部屋で、満ち足りた気持ちでひとり過ごすことができるなら、どれだけ多くの悩みや問題が解決するだろうか。

満ち足りた気持ちでひとり静かに過ごせるなら、ジャンクフードを食べる必要もないし、衝動買いをする必要もないし、最新のガジェットを手に入れる必要もないし、ソーシャルメディアでみんなの話題と行動をチェックする必要もないし、人と比較する必要もないし、取り残されないためにもっとお金を稼ぐ必要もないし、名誉も権力も必要ないし、領土を征服する必要もないし、戦争をする必要もないし、粗暴な振る舞いをしたり暴力を振るったりする必要もないし、わがままな態度を取ったり欲張ったりする必要もないし、常に忙しく生産的である必要もない。

あなたは満ち足りている。他に何も必要としない。そのこと自体が、数多くの問題を解決してくれる。
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レオ・バボータの最新著作「The Effortless Life」の日本語訳「『楽』に生きるための簡潔なガイド」公開中。購入していただいた方、ありがとうございます!
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結婚論序説・欲望編(みたいな) [Thoughts]

どんな人と結婚したいかとか、いつ頃結婚したいかとか、子どもはいつ頃何人ほしいかとか、若い頃そういうことを真剣に考えたとして、実際にその通りの結婚をしている人が何%くらいいるのか知らないけど、きっとそんなに多くはない。

そんな人は、自分の人生には現れないかもしれない。現れるとしても40を過ぎてからかもしれない。結婚しても子どもはできないかもしれない。全て理想通りことが運んだと思ったら、その人はある日死んでしまうかもしれない。それ以前に、計画しているうちに自分が死ぬかもしれない。

非常に青臭く聞こえることを承知で言うと、恋人や結婚相手は「つくる」ものではなく「できる」ものだ。

子どもも「つくる」ものではなく「できる」ものだ。できたら困る場面で「できない」ようにする必要はあるけど、それでも「できちゃう」ことはある。

未来は予測できない、という当たり前のこと(そしてそのことは、生きている期間が長くなるほど痛感する)。

予測できないことに対して戦略やプランを定め、その通りにコトを運ぼうとするということは(あるいはコトが運べると考えることは)、とても傲慢で暴力的なことだ。

でも、戦略とかプランとかいう表現で、その種の暴力を振るったり振るわれたりする機会はたぶん日に日に増え続けている。

それは今、ぼくらが病んでいる大きな原因のひとつだと思う。



何も計画しないとしたら、望まない状態を甘んじて受け入れなきゃならないのかというと、そんなことはない。

むしろ、人は生きているかぎり望みを叶えようとする義務がある(それが生きるということだから)。ただそれは「計画的に」「戦略的に」進められるものではないというだけだ。

自分が本当は何を望んでいてどっちの方にいきたいのか教えてくれる機能を、人間はちゃんと持っている。

それは欲望と呼ばれる。欲望が、今自分が本当はどうしたいのかを教えてくれる。

本来計画できないことをプランするべきではないのは、欲望に対して目が曇るからだ。プランや戦略というのはロジックであり、欲望はロジックとは無縁のものだから。

すごく単純な例でいえば、どんなに理想的な条件(スペック)を備えた相手が現れたとしても、その人に触れたり触れられたくないとしたら人生を共にすることなんてできない。

相手の立ち居振る舞い、声、匂い、言葉の選び方、食べ方、仕草、表情に違和感があったら、人生を共にすることなんてできない(そういうものがどれだけ重要かは、他人と暮らしたことがある人ならわかるはず)。

あるいはもっと言うと、本当にその人の身体と心の中に入る、あるいはその人を自分の身体と心の中に入れることを望まなければ、長い年月をいっしょに過ごすことなんかできない。

その基準を欲望という。自分の欲望に対して心を開いていれば、必要なときに必要な判断をすることができる。

なぜその人がいいのかどうしても言葉で説明できなくても、その人が絶対にいいのだとわかるという場合もある。

逆に全てが理想的のように思えても、「何か違う」「何かがしっくりこない」と感じることもあるかもしれない。

そこでロジカルな判断を優先すると、たぶんあまりいい結果にはならない。

だからこそ、全ての基準になる欲望が健全であることは重要なのだ。

ちなみに「欲望」という表現が生々しくて嫌だという人へ。欲望というのは、生きるためのエネルギーのことだよ。
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手書きの仕事 [Diary]

今関わっているプロジェクトのひどい状況を見かねて、既に何年も前に定年退職したKさんが手伝いに来てくれるようになった。

ずっと昔、前身となるプロジェクトを起ち上げた人で、いわば関係者にとっては「お父さん」みたいな人。

最後は役員だったので、いろんな人が入れ替わり立ち替わりあいさつに来てうるさいんだけど(笑)。

ぼくは直接仕事で関わったことがないので「気のいいおじさん」の印象しかないけど、仕事は緻密で厳しかったということは、話を聞いて知っている。

で、仕事を手伝ってくれるんだけど、当然ながら職場にKさん用のPCはない。スイマセンと言ったら「いらない」と言われた。

「どうせエクセルなんか使えないし、画面で細かい数字なんか見られないから」

Kさんが現役だった時代はエクセルもパワポもなかったのだ。

この間、PCの置いてない会議机の端っこで、Kさんが蛍光ペン片手にじっくりと数字を検討し、その結果と指示をシャープペンシルと定規(!)を使って方眼紙に書いていく様子を眺めていた。

Kさんが愛用していた社名入り方眼紙はもう作られてなくて、総務に残ってる在庫を使ってるんだけど、その黄ばんだ方眼紙に書かれた緻密な資料をみてるうちになんだか興奮してきた。単なるデータ集計と分析の指示書なのに、隅々まで意思と気配りが見えるその豊かさに。

今の自分たちの仕事にはない、やろうとしてもできない、素晴らしい何かが確かにそこにはあるような気がして。

今、自分たちがPCを使ってやってる仕事は、ひょっとしたら手書きの時代から退化してるのかもしれない。

でも同時に思うのは、Kさんがあと20年遅く生まれて、エクセルとパワポを使い、メールを120通受信していたらどんな風に仕事をするんだろう、ということ。

その手書き指示書の写真を撮っていたら、Kさんに不思議そうに「何してるの?」と聞かれた。
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「『楽』に生きるための簡潔なガイド」についての報告 [レオ・バボータ関連]

Zen Habits 支払い

レオ・バボータ「『楽』に生きるための簡潔なガイド」の売り上げのうち、5月に振り込みがあった分について、ダウンロード代行業者への手数料を除いた半額を、レオ・バボータさんに支払いました。具体的には、その金額で原文「The Effortless Life」を1セット購入したわけです。

原文は、購入者が購入価格を自由に決められるようになっているため、その仕組みを利用しています。レオへの支払いの考え方についての詳細は、こちらをご覧くださいね。

購入していただいた方、ありがとうございます。
6月以降入金分も、同様の方法で半額をレオに支払う予定です。
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今週のキラーフレーズ [Diary]

「Tak.さんはそのことがちゃんとわかってるのに、実行できてない気がします」(同僚)

実行するよ。
約束する。
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結婚論序説(みたいな) [Thoughts]

30才をすぎると、いろんな人から結婚しないのかとか早く結婚しろだとか言われるけど、これという人に会わないんですよねー。

という話を、仕事の合間にお昼を食べながら同僚(未婚・女子・32才)がしみじみとしていて、そのときの仕事の状況的には結婚論を語っている場合では全くなかったのだが、そういうときに限ってそんな話をしたくなるわけじゃないですか。

で、自分は恋愛とか結婚とかに関して他人様に何か言えるような立場でもないし、何か有益なことが言えるような経験値も全くないけど、それでもひとつ言えるのは、ちゃんと生きていて、条件をつけず、自分や相手のことを決めつけず、可能性を否定せず、他人の言うことを鵜呑みにせず、期限を設けず、心を開いていれば、正しい相手に巡り会ったときには絶対にわかる、ということ。

そして結婚してからもその姿勢を保てば、少なくともそうしないよりはうまくいく可能性が高い、ということも。

その考え方はあまりにナイーブだ、現実の結婚はそんなものではないという人は、そういう発想の方がもしかしたらもっとナイーブなのかもしれない、という可能性を真剣に検討してみよう。

現実は厳しいなんて、世界でいちばん当たり前のことなんだから。

あと、自分が経験する前からそう言ってる人(だって結婚してる友だちはみんなそう言ってるし、的な)は単なる耳年増ですから。



「今は昔と違って自由に恋愛したり結婚したりできるようになったはずなのに、どうしてみんなもっと自由に恋愛したり結婚したりしないんだろう」(今週の妻の名言より)
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