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雑な言葉を使わないように努力することぐらいしかない [Thoughts]

刃のつもりで相手に投げつけたわけじゃない言葉が相手を、そして相手を通して自分を、ざっくり切り裂く。



(本当に切れるんだよね)



その言葉が不適切な力や作用を持つことが判明しても、一度世界に放たれてしまった言葉は二度と回収できない。

どれほど真剣かつ真摯に選んだ(つもりの)言葉であっても、選択のプロセスは考慮されない。放った言葉を編集して、本来込めたつもりの願いを現前させる感覚がはっきりあったとしても。



(それはフリーライティングではない)



人と人との間の激しいインタラクション(別の言い方もある)という、その成り立ちからして厳密さを欠く上にリニアな状況の中で言葉に対してできることは、せめて雑な言葉を使わないように努力することぐらいしかない。



「ぐらいしかない」けど、その手間と努力を厭わないことは、とても大きな違いを生む。

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そうじゃない人 [Thoughts]

1)
そうじゃない人になりたいと願っていた。
逃げ切れるような気がしていたときもあった。

2)
そうじゃない人になることは、思うほど難しいことじゃなかった。
逃げ切ることは、思うほど意味のあることじゃなかった。

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自分の場所にあってひとり [Thoughts]

自分の場所(だと思える場所)があるというのは大事なことだ。

でも、オトナになったら自分の場所に他人を巻き込むべきではないし、他人の場所に巻き込まれるべきでもない、と思う。

あなたもわたしも、それぞれの自分の場所にあってひとりだ。

ひとりだからこそ、(※)でいられる。


=ふたり
=みんな
=なかま
=ともだち
etc.

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フリーライティングについてのフリーライティング(生)と成果 [Thoughts]

頭を使うな。体を動かせ。心を動かせ。指を動かせ。何をするべきかは体が知っている。だから体を動かせ。なぜなのか考えてはいけない。答えてくれという言葉は人には届かない。答えてほしくても誰も答えてはくれない。本当に答えがほしいときには誰も答えてくれない。そもそもそこには誰もいないはずだ。答えが欲しいときどうすればいいか考えろ。考えれば何か頭には浮かぶ。答えかどうかはわからないけれど。頭に何か浮かべば動くことができる。そこから何かが動き出す。動き出せば何かが変わる。変われば少なくとも今ある状態ではなくなる。それを求めているだろう。今ある状態ではなくなればどうなる。答えを探すことが必要だ。探すとどうなるということではない。探すその行為が重要だ。意図しなくても動いていれば何かが見つかる。今があるのはそうやって見つけてきたからだ。見つけようとして見つかったものがどれだけある。

成果:
見つけようとして見つかったものがどれだけある?

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before [Thoughts]

さみしさがあなたを(  )する前に。
むなしさがあなたを(  )する前に。
うたがいがあなたを(  )する前に。
あきらめがあなたを(  )する前に。
やさしさがあなたを(  )する前に。
あなたがわたしを(  )する前に。



「こんげんてきなのぞみをだいじに」(妻)

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考え抜いたシンプルな言葉に関する実用上の真実 [Thoughts]

あなたは大切な人に言葉で大切なことを伝えようと思う。

いろんな言葉をさまざまに組み立ててみるけれど、うまく伝わる気がしない。

結局、最低限の言葉だけが残る。飾りのない現実的でシンプルな言葉。

受け取りようによっては素っ気なく、乾いていて、冷たい。

でも、その考え抜いた結果としてのシンプルな言葉が、もしも誤解を生んだり冷たく受け取られたりするとしたら、どれだけ言葉を重ねてみたところで結果はおそらく同じだろう。

これは実用上の真実だ。

だから、封をしたならもうそのことを気に病む必要はない。

(魂のプラグマティスト)

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peace / piece [Thoughts]

すこしやること。
ひとつやること。
行為に集中すること。
すぐ動かなくていいこと。

活用しないこと。
得しないこと。
愛おしむこと。
愉しむこと。

説明しないこと。
証明しないこと。
忘れること。

決めつけないこと。
結論を急がないこと。
結論を変えてもいいこと。

( ˘ .˘ )~♪

好まれるより好むこと。
うまくやるより楽しむこと。
近い道より気持ちいい道を選ぶこと。

疲れを自覚すること。
疲れをリスペクトすること。
こころに疲れを入れないこと。

人生はオープンエンドであること。

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何かを照らす言葉の置き方、あるいは『目を閉じて、みえるもの』 [Thoughts]



るうさんの、『目を閉じて、みえるもの』を読む。

あることを伝えたり表現したりしたいのだけど、簡単に言葉にすることができない。そんなときは、周囲をそっと回るように何かを置いていくしかない。

この本の感想を書こうとして(「書評」はなぜか似合わない気がする)抱いたのは、そんな感覚だ。

そしてそれは、この本について語ろうとするときの自分の感覚でもあるし、この本の内容についての印象でもある。



(著者の言葉を借りれば)「あからさま」な文章たちが並んでいるにもかかわらず、この本は周囲をそっと回るように何かを置いていくという行為を思わせる。

簡単に言葉にすることができない何かを、別の言葉を使って照らす。その影について思い、その思いをまた別の言葉で照らすような行為。



何かを照らす言葉を、どんな順でどんな形に置いていくか。その置き方(構成、というべきなのかもしれないけど「置き方」の方がしっくりくる)に正解はない。

でも、「置き方」はとても重要だ。「置き方」ひとつで、いろんなことががらっと変わる。

角度が変われば影も変わるのだ。



そんな印象を経て読後感として残ったのは、継続するライフ(人生と生活)への意志(のようなもの)だった。

その読後感を生み出した言葉たちとその「置き方」に、ひっそりと個人的に共感する。

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【書評】『「目標」の研究』(倉下忠憲) [Thoughts]



来年の「目標」を立てようとしている人(きっとたくさんいるだろう)に朗報。

ありそうでなかった「目標」についての「研究」だ。ぜひ読んでみてほしい。本書を読めば、上手な目標の立て方や、目標を効率的に実現するためのステップが学べるだろう。

……とか書きたいところだけど、本書はたぶんそういう本ではない。



本書はこんな構成になっている。
・はじまりの物語
・Chap.1 三つのお話
・Chap.2 目標とは何か
・Chap.3 目標の弊害
・Chap.4 機能する目標に向けて
・Chap.5 人生にとっての夢や目標
・おわりの物語

Chap. 1で、私たちが当たり前のように口にする「目標を立てる」ということが実は簡単ではないこと、私たちが実は「目標」というものを理解していない、ということを示しつつ、
本書が目指すのは、読み終えた人が目標とうまく付き合えるようになることだ。目標についての雑学を増やすためではなく、自らの人生で実践できるようになることが目標である。

という「目標」が示されている。

Chap. 2からは、「目標」についての徹底的な考察が展開される。

まずは「目標」という言葉の定義。「目標」と「目的」の違いを示しつつ、目標とは何なのか(そして何でないのか)を考える。当然知っていると思っていた「目標」という言葉の意味を、実はよくわかっていなかったことに気づかされる。

Chap. 3では、安易な「目標」がもたらす弊害について指摘する。これは、おそらく誰にでも(特に自己啓発本や成功本をよく読む人なら)覚えがある(耳が痛い)ことばかりだ。

その上で、ではどんな目標なら機能するのかが、Chap. 4で考察される。「目標を立てるステップ」として以下が挙げられている。
目標を立てる。
目標を振り返る。
全体を俯瞰する。
もう一度目標を立てる。

ビジネス書に馴染んでいる人なら「ああ、PDCAを回すんですね」というかもしれない。このようにすれば、来年の目標はうまく立てられそうだし、目標の実現に向けて効果的にステップを踏んでいくことができそうだ。

ここまでの考察には文句なく納得感がある。「目標」についてよく理解できた。

でも、その知識を使って目標を立てて(ついでに「夢」も書き出して)どんどん実現させましょう、と本書は言わない。本書はそのようには終わらない。

冒頭に引用した本書の「目標」を思い出してみよう。

「目標について雑学を増やすためではなく、自らの人生で実践できるようになることが目標である。」

このセンテンスでいちばん重要なキーワードは、おそらく「目標」ではなく「実践」でもない。文中にもうひとつ残ったキーワード、つまり「目標」や「実践」の上位階層にあるものだ。「目標」や「夢」と付き合うためにいちばん重要なものだ。

そして、「目標」や「夢」を上位階層につなぐというのはどういうことか。本書の中に、そのヒントを見つけることができるだろう。

だから、本書は決して上手な目標の立て方や、効果的に目標を実現するステップを学ぶことが「目的」の本ではないけれど、これから来年の「目標」を立てようとしている人は、やっぱり一読してみるといいと思う。

(その上、上手な目標の立て方や、目標を実現するためのステップについてだって、実はちゃんと学べるのだ)



本書に関しては、できれば頭から順を追って、最後まで読んでみてほしい。各チャプターの末尾に挿入されている「断片的挿話」が面白いだけでなく、大きな意味を持っている。それ以外にも、あちこちに細かい構成上の工夫がこらされていて、構成の面白さも含めて楽しめる。

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ぜんぶ頭に入れるから [Thoughts]

書こうとする文章が一定以上に長くなると、全体像を頭の中で組み立てることはできなくなる。

以前、倉下忠憲さんにインタビューさせてもらったときには、2000字くらいなら頭の中で組み立てられるけれど、4000字を超えると厳しくなってきて万単位になったら難しい、とおっしゃっていた。

ぼく自身は、400字を超えると心許なく、1000文字を超えるとまず無理。これはかなり短い方だと思うけど。

長さ自体よりも、要素間の関係が急速に複雑さを増すことが問題だ。

文字数が増えれば要素が増え、要素が増えれば要素間の関係が複雑になり、その一貫性・統一性を頭の中に保持しておくことは不可能になる。

どの地点に「頭の中で考えられる」限界があるかは人によるけれど、どこかに限界があることだけは間違いない。モーツァルトみたいな人は別として。

対策としては、「とりあえず書く」しかない。とりあえず書くことを格好良く表現した言葉が「下書き」や「ドラフト」だ。

とりあえず書いてみて、はじめて何をどう書けばいいのがわかる。より正確にいうと、何をどう書けばいいのか考える素材を手に入れることができる。

カードや付箋やアウトライナーは、素材を操作しやすくするツール、とも言える。



文章と同じで、やるべきことがあまりに複雑になると、頭の中は処理できなくなる。要素が増えれば要素間の関係が複雑になり、その一貫性・統一性を頭の中に保持しておくことは不可能になる。



ずっと昔勤めていた会社の上司は「書かない」人だった。

ぜんぶ頭に入れるからいい、という。

唯一の例外は能率手帳に書きとめるアポイントで、それすらも「頭に入ってるから書かなくてもいいんだけどね」と言う。

自分のやるべきことぐらい、ぜんぶ頭に入れられるようじゃなきゃダメだ、というのが口癖だった。

仕事をする上で、頭に入れておくべきことというのは、もちろんあると思う。でもね。

最初はとても驚いたのだが、後に上司と同世代で、同じようなことを言う人に何人か会って、もっと驚いた。

一般化はできないけれど、もしかすると「ぜんぶ頭に入れる」ことに価値を見出す(もっとはっきり言えば能力の指標とする)考え方が、かつてあったのかもしれない。

もちろん、上司はぼくより頭がいい。でも、今の時代の仕事の、量と速度と要素間の関係の複雑さからすれば、当然限界はある。

限界点が多少高いか低いかの違いだ。



作業Aをやるためには作業Bができていることが必要で、作業BをやるためにはC社の承認が必要で、でもC社は作業Aの完成を待って判断するつもりで、あらら無限ループだ。そしてC社からは、なぜAがまだできていないんだとクレームが入っている。

相互に依存しあう物ごとが同時に動いていて、しかも時系列的な依存関係と立場上の依存関係が一致していない。状況は見た目よりもずっとずっと複雑だ。

だから、大判のポストイットに要素を書き出して、並べ替えて、どうすればいいか考える(残念ながら、その会社でアウトライナーを使うことは不可能だった)。

まず手順を。
そしてC社への説明を。
失敗したときのリカバー策を。

作業の計画ができる。
なんとか間に合うだろうぎりぎりのスケジュール。
上司に報告する。

スケジュールひとつ決めるのにいつまでかかってるんだと言いながら、上司はスケジュールに目を通す。そして「ここは3日じゃなくて2日でいこう」と言う。

それをすると、万一作業Bで問題が生じたときにリカバーできなくなって、より致命的な事態になる可能性がある、とぼくは言う。

「あ、そうかもな」と上司は言う。



上司は「ぜんぶ頭に入って」いたのだろうか。

わからない。

わからないけど、ひとつ言えるのは、これは90年代半ばの話であり、その量も速度も複雑さも「今」から見れば古き良き時代のそれだったということだ。

そして、どんなに頭が良くても、量と速度と要素間の関係の複雑さに対しては、当然限界はあるということだ。



「複雑なものを複雑なまま理解するのではなく、複雑なことをクリアに」(通りすがりの男)
「クリアとは単純という意味ではない」(通りすがりの男の弟)

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