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桜の森の満開のタクシー [Diary]

去年の今ごろ、父を病院に送り迎えするタクシーの中から、たくさんの桜を見た。

満開の桜について会話ができる。それだけのことにずいぶん救われた。

桜はもちろん公園にある。
それから学校、河川敷。
そして工場。

そう、工場の敷地には、意外なほど多くの桜が植えられているのだ。

実家は京浜工業地帯のど真ん中にある。たくさんの工場がある。そこに桜が咲くことを、この歳になるまでぼくは知らなかった。

「工場には、桜がたくさんある」

タクシーの中で、父がそのことを指摘した。

父からの最後の指摘だ。

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春のアウトライナー散歩 [アウトライナー]

春のいいところは「アウトライナー散歩」ができること。

夏は暑いし冬は寒いし秋はいつまでも蚊がいるから、アウトライナー散歩に最適なのはやっぱり春だ。

アウトライナー散歩といっても、特に難しいことは何もない。考え事をしながらぷらぷらと散歩して、公園のベンチにでも座ってアウトラインを作るだけ。

今日やらなければならないこと。
当面抱えている仕事のこと。
解決しなければならないあの問題のこと。
頭に引っかかっている懸案のこと。

場所の影響ってとても大きくて、陽の光や木の匂いや鳥の声や水の流れる音の中では、思考はいつもとは少し違うルートを流れる。いつもより少しだけポジティブに。あるいは少しだけディープに。

本当はどうしたいのか。
本当は何が欲しいのか。
本当はどっちに行きたいのか。
本当は何が重要なのか。

昔から、散歩しながら思いついたことを小さなノートに書き込んだりしていたけれど、いまは本物のアウトライナーをポケットに持ち歩くことができる。

しかも、コンビニやドトールで、安くてそこそこおいしいコーヒーをテイクアウトできるのだ。

( ˘ .˘ )~♪

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フリーライティングについてのフリーライティング(生)と成果 [Thoughts]

頭を使うな。体を動かせ。心を動かせ。指を動かせ。何をするべきかは体が知っている。だから体を動かせ。なぜなのか考えてはいけない。答えてくれという言葉は人には届かない。答えてほしくても誰も答えてはくれない。本当に答えがほしいときには誰も答えてくれない。そもそもそこには誰もいないはずだ。答えが欲しいときどうすればいいか考えろ。考えれば何か頭には浮かぶ。答えかどうかはわからないけれど。頭に何か浮かべば動くことができる。そこから何かが動き出す。動き出せば何かが変わる。変われば少なくとも今ある状態ではなくなる。それを求めているだろう。今ある状態ではなくなればどうなる。答えを探すことが必要だ。探すとどうなるということではない。探すその行為が重要だ。意図しなくても動いていれば何かが見つかる。今があるのはそうやって見つけてきたからだ。見つけようとして見つかったものがどれだけある。

成果:
見つけようとして見つかったものがどれだけある?

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思考のアウトラインと語りのアウトライン [アウトライナー]

自分も含めて、人はアウトライナーを使う(つまりアウトラインをつくる)ときに、ついつい「構造化」に向かいがちだ。

ここでいう「構造化」は、そんなに厳密な概念ではなくて、階層化しながら考えを整理すること、ぐらいの意味。

アウトライナーは確かに「構造化」を助けてくれる。でも、それが落とし穴になる場合がある。特にアウトライナーを使って作ろうとしているのが、リニアな(初めから終わりまで順番に流れていく線的な)語りである場合。

リニアな語りには「順序」がある。

文章であれば、どうはじまって、どう進んで、どう終わるか。そこには流れがあり、起伏がある。これが必ずしも考えを整理した結果としての「構造」とは一致しない。

だから、内容を自分で理解するために「構造化」することが必要だとしても、その「構造」に沿って語りを作ろうとすると行き詰まる。

プレゼンでしゃべる内容をアウトラインとして整理したのに、スライドに展開しようとしたらうまくいかない、というのもこれと同じ現象(アウトライナー使いの多くが経験してると思う)。プレゼンとはまさにリニアな語りだからだ。

思考の「構造」と語りの「構造」は違う。思考のアウトラインと語りのアウトラインは別にある、と言いかえてもいいかもしれない。それは場合によっては並行して存在し、場合によっては前者から後者へと変化する。

例えていうなら、考えを整理したアウトラインの「構造」を串刺しにして、つまみ出したパーツをリニアに配列したものが語りだ。



そしてこれは、「アウトライン=目次ではない」というあの話とも、たぶん微妙につながっている、気がする。

関連記事:
『Piece shake Love』について2(配列と創作と構造)

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before [Thoughts]

さみしさがあなたを(  )する前に。
むなしさがあなたを(  )する前に。
うたがいがあなたを(  )する前に。
あきらめがあなたを(  )する前に。
やさしさがあなたを(  )する前に。
あなたがわたしを(  )する前に。



「こんげんてきなのぞみをだいじに」(妻)

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隣の芝生2017 [Diary]

以前の職場の後輩から「転職経験が豊富だから」という理由で転職に関する相談を受けた。

でもぼくは、みんなの想像しているような、いわゆる「転職」をしたことは今まで一度もない(イメージに反して)。残念ながら、具体的にアドバイスできることは何もない。



「やっぱり隣の芝生って青く見えるんですかね?」と彼は言う。



自分の経験からも、職場の上司や同僚と「離職」「転職」について会話を交わすシチュエーションがあれば、必ずと言っていいほど出てくるフレーズが「隣の芝生は青く見える」というものだ。主に、転職を止める/阻止する立場の人によって口にされる。

「隣の芝生」の話だったら、ちょっとできる。



隣の芝生というのは、確かに青く見える。これは比喩ではなく、実際の芝生の話だ。

昔も書いたことがあるけど、子どもの頃住んでいた家の前庭は芝生だった。芝生に水をやるのはぼくの仕事だった。子どもの手に余る太くて固いホースに四苦八苦しながら、ぼくは両隣の家の芝生と自分の家の芝生をいつも見比べていた。

隣の芝生

隣の家の芝生は、いつも不思議なほど青く見える。

でもそれは当たり前の話で、隣の芝生は横から見ているせいで青い部分だけが見えるのに対して、自分の家の芝生は庭は真上から見下ろすために土が見えるのだ。

だから、隣の家から自分の家の芝生を見てみれば、やはり青く見える。



隣の芝生というのは、確かに青く見える。

でも、もしそうしたことがないのなら、実際に隣の家に行って自分の目でそれを確認してみることも、意外に重要なんじゃないかと思う。

常套句のように「隣の芝生は青く見えるものだ」と唱えて済ませていると、いつの間にか足下の芝生が枯れてきていることに気づかないことがある。

浅はかな子どもだったぼくは、水やりをごまかして(芝生の周辺の地面だけ濡らして水をやったふりをして)芝生を枯らしてしまった。

芝生が枯れてきていることにぼくはずいぶん長い間気づかなかった。

隣の芝生は、常にうちの芝生より青く見えていたから。

隣の芝生(2)



足下の芝生が枯れ始めていることに気づかないまま「隣の芝生は青く見える」と言いつづける人を見るのは、なかなかに切ないものだ。

これは、比喩だ。

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考え抜いたシンプルな言葉に関する実用上の真実 [Thoughts]

あなたは大切な人に言葉で大切なことを伝えようと思う。

いろんな言葉をさまざまに組み立ててみるけれど、うまく伝わる気がしない。

結局、最低限の言葉だけが残る。飾りのない現実的でシンプルな言葉。

受け取りようによっては素っ気なく、乾いていて、冷たい。

でも、その考え抜いた結果としてのシンプルな言葉が、もしも誤解を生んだり冷たく受け取られたりするとしたら、どれだけ言葉を重ねてみたところで結果はおそらく同じだろう。

これは実用上の真実だ。

だから、封をしたならもうそのことを気に病む必要はない。

(魂のプラグマティスト)

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ひさしぶりのひとびと [Diary]

ひさしぶりに会う人。



元気になってる人。
大胆になってる人。
活躍してる人。
意外性の人。
相変わらず声が大きい人。
恨んでる人。
後悔してる人。
笑ってる人。
健康になってる人。
もう太ってない人。
変わってる人。
今さらあの話をする人。
恥ずかしそうな人。
踏みとどまってる人。
仕方ない人。
言い訳する人。
諦めた人。
まだ待ってる人。
先に進んだ人。
失った人。
偉そうになってる人。
空白の人。
成長してる人。
筋トレしてる人。
目をそらす人。
孫ができてる人。
なんかグローバル化した人。
自慢する人。
今でも時間を守れない人。
今でも人の話を聞かない人。
人のせいにする人。
バンダナ?
噂話をする人。
角が取れてる人。
最初から酒臭い人。



もう会わない人。
もう会えない人。

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peace / piece [Thoughts]

すこしやること。
ひとつやること。
行為に集中すること。
すぐ動かなくていいこと。

活用しないこと。
得しないこと。
愛おしむこと。
愉しむこと。

説明しないこと。
証明しないこと。
忘れること。

決めつけないこと。
結論を急がないこと。
結論を変えてもいいこと。

( ˘ .˘ )~♪

好まれるより好むこと。
うまくやるより楽しむこと。
近い道より気持ちいい道を選ぶこと。

疲れを自覚すること。
疲れをリスペクトすること。
こころに疲れを入れないこと。

人生はオープンエンドであること。

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「今年のイメージ」と現実のシェイク [アウトライナー]

新しい年。

アウトライナーの中に、今年の目標、じゃなくて「今年のイメージ」を書く。

こういうとき、ついつい箇条書きにしてしまいがちだけど、そうするとどうしてもタスクっぽくなる。そして個別の項目に手を付けたとか完了したとか、そういうレベルで捉えてしまう。

だから「今年のイメージ」は、箇条書きではなく簡潔な「文章」にする。なるべく短く簡潔に。一段落が理想だ。難しければ、ラフにフリーライティングしてみてから圧縮する。

頭の中には「やりたいこと」がある。願望や欲望がある。ありたい自分の姿がある。やるべきこともある。それらを思い描き、目に見えるようにするのが、「イメージ」を文章化する目的だ。

もちろん、人生は思い通りにならない。日々降りかかってくるタスクがある。思いもよらない障害が現れる。いくらイメージを描いたところで、その通りになることはまずない。

それでも「今年のイメージ」を描き、それを意識しておくことには意味がある。というか、だからこそ意味がある。



「イメージ」がない状態で、降りかかってくるタスクの雨にさらされていれば、人生はあっという間に他人の優先順位に乗っ取られてしまう。後には何も残らない。

イメージがあるからこそ、守るべきものがわかる。だから、行動ができる。

たとえ結果的に何も守れなかったとしても、少なくとも「守ろうとした」事実は残る。それは一見小さな違いかもしれないけれど、長い時間の蓄積の中でとてつもなく大きな違いになる(本当に本当に大きい)。

それに、こんな書き方をしているけど、「イメージ」さえクリアであれば、「何も守れなかった」なんていうことはまずない。

もし本当に何も守れなかったとしたら、それはそれで何かを大きく変える決断の理由になるだろう。ならば「イメージ」は充分役割を果たしたことになる。



「今年のイメージ」を、精神論ではなく日々に注入する方法。

たとえば、アウトライナーに書き出した「今年のイメージ」の下位階層に、今年現実的に「やるべきこと」のリスト(今度は箇条書き。年単位だから、あまり細かく書く必要はない)をぶら下げてみる。物置を整理する、仕事に必要な○○の資格を取る、××プロジェクトを成功させる、実家の片づけを手伝う、などなど。

そして「今年のイメージ」と矛盾していないかチェックする。

「今年のイメージ」に書き出した願望や欲望の実現につながる具体的なプロジェクトやタスクは、リストに書かれているか。もしなければ追加する。

逆に、「今年のイメージ」には現実的に「やるべき」ことにつながる要素が反映されているか。もし反映されていなければ、せっかく描いたイメージは机上の空論、あるいは妄想である可能性が高い。だから、現実を反映するように書き直す。

こうして、イメージには現実を、現実にはイメージを注入し、整合させていく。

これは、以前書いた「今日一日のイメージ」と同じ考え方だ。



もうちょっとアウトライン・プロセッシングしてみる。

出来上がった「今年のイメージ」の段落をコピーする。そして一方の段落に改行を入れて、分割していく。文章から箇条書きを作るのだ(ブレイクダウン)。これを階層化すれば、そのままアウトラインになる。

先ほど「今年のイメージ」の下位にぶら下げた「やるべきこと」のリストを、このアウトラインの該当箇所に組み込む。これが今年の仮アウトラインということになる。タスク管理用語(?)で言えば、今年のマスタータスクリストだ。

日々生活しながら、新たなプロジェクトやタスク(降りかかってきたものも、ふと思いついた楽しそうな計画も)をここに書き加えていく。

当然アウトラインの形は崩れていくだろうから、ときどき見直して組み直す。終わったものはマークする。ときどき、アウトラインが、当初の「今年のイメージ」と矛盾していないかチェックする。これがいわゆる「レビュー」だ。

数か月もすれば、たいていイメージと現実に矛盾を感じるようになるだろう。そのとき、アウトラインの方をイメージに合わせて軌道修正するのか、イメージをの方現実に合わせて変えるのか。そのバランスを「生き方」という。

こうして「今年のイメージ」と今年のアウトラインを合わせてシェイクし、成長させていく。

一年が終わるとき、最初に書き出した「今年のイメージ」は大きく変わっているかもしれない。あるいは変わっていないかもしれない。どちらでも構わない、と思う。そこに意志と現実が反映されているかぎり。



行動(=タスクやプロジェクト)には背景、理由、感情、条件などがある。それらをタスクと同レベルで扱えるというのは、いわゆる「タスク管理ツール」と比較したときのアウトライナーの圧倒的な強みだ。こんな作業をしていると、そのことがよくわかる。



今年もよろしくお願いします。
Happy Outlining ! ( ._.)b*

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