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閉じる技術 [Thoughts]

ちょっと前、出張先で、地元のいわゆる「女の子のいるお店」に行きました。目的は接待だったんだけど、接待の達人がいっしょにいたせいで、ぼく自身はわりにらくーにしてたんですが、問題がひとつ。

そういうお店だから、隣には女の子がつくわけです。隣に女の子がつけば、それは会話をしなきゃならないわけです。それが苦手。いや、そういうお店を否定しているわけじゃない。単に自分に向いてないだけです。

二十代の頃、当時勤めていた会社の上司に連れて行かれたお店で、女の子二人に挟まれたままにがーい顔で沈黙したりとか、女の子に難癖をつけてケンカになったりとか(ごめんね)、普通にしてました。
せっかく隣についてもらっても、話すべき話題がまったくない。

「お休みの日とか何やってるの?」
「ふとん干したりとか」
「えー、趣味とかないんですか?」
「散歩とか」
「えー、つまんなくない?」
「別にあんたがつまんないわけじゃないだろ。なんだそのでかいボタンは(怒)」
みたいな。

(※注)でかいボタン・・・バブル当時、お店の女の子が等しく身を包んでいた「ボディコン」と呼ばれる形態のスーツについていた、直径5cmくらいのボタンのこと。

もちろん、今では大人になったので、そういう場所に行っても大丈夫。それどころか、お店の女の子と会話だってできるようになりました。自分で言うのもなんですが、この前なんか、いっしょにいた同僚に「意外に楽しそうじゃないですか(笑)」とまで言われたくらい。

感覚としては、「相手の言葉を身体の中に飲み込まずに、顔の前半分くらいで止めておいて、脊髄反射みたいに言葉を返す」感じ。

特に会話したくもない相手と会話しなきゃならないときとか。話が合わない相手と話が合ってるような雰囲気を作らなきゃならないときとか。とにかく沈黙が適切でないときとか。近所づきあいのあの場面とか。会社でのこの場面とか。

これはつまり、意図的に「閉じてる」のだ、と思います。そしてたぶん、世の中の多くの人が無意識に同じようなことをやっている。そんな技術を身につけたことを、人は「大人になった」というのかも知れない。

でも、それやってると、しゃべった分だけ自分の中身が流れ出していくような感じがします。それはもう、はっきりとわかります。入り口を閉めて、出口だけ開けてる状態だからかもしれない。その日も、その店にいたせいぜい2時間の間で、けっこう抜け殻になった気がする。

もし、日々の仕事や生活でこんなことをしていたら、連作しすぎた畑みたいに、中身がやせ細っていって、終いには何も残らないかもしれない。

例が適切かどうかわからないけど、女の人が「閉じていれば好きでもない男とだってセックスできる」というのと似ている。かもしれない。

ここでまた、通りすがりの名もなき男がすれ違いざまに囁きます。
「沈黙はあなたのせいではない」

その男を信じろ。
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