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夢とか目標は「書きたいこと」に似ている [Diary]

なぜ、一度決めた「夢」や一度たてた「目標」はブレてはいけないのか?

というのが、「計画的行動はアウトラインに基づいて文章を書くことに似ている」と思って以来考えてること。いけなくないのかもしれないけど、なんかいけないような気がする。

一度決めた「夢」や「目標」に向けて、脇目もふらずに邁進する人というのは、それがころころ変わる人よりも、世の中的に評価される(可能性が高い)。

それはもちろん、立派なことだと思うけど、じゃあ「夢」や「目標」が変わることはそんなにいけないことなのか。



昔、柄谷行人が(手書きで)以前書いた文章を改訂しようとして、ワープロに打ち込んでもらって編集しているうちに結論が変わってしまう、と言っていたのを覚えている(確か「文学界」での高橋源一郎との対談だったと思う)。

最初あんなに確固としてるように思えた「書きたいこと」とか「結論」というものが、実はプロセス次第でどうにでも変わってしまう。それは、コンピューターを使って書くこと、つまり一度書いたことをいくらでも修正し、編集できるようになったときから、多くの人が感じてきたことだと思う。

「書きたいこと」を伝えようとして練っているうちに、気がつくと「書きたいこと」自体があんまりしっくりこなくなっている。それどころか、下手をすると逆になったり。

そんなことが起きるのは、自分の考えが浅いせいだと当時思ってたので、柄谷さんでさえそうなのかと知って「おお!」と感動したわけだけど。

書くということは、単に文字を書いているだけでなく、同時に考えているのだから、書きながら自分の書いたことにインスパイアされて、最初に「書きたいこと」を思いついたときの自分と、文章を書き進めてきた自分は、違う自分になっているわけね。

そして、とても大事なことは、そのときに、最初に結論に固執しようとすると、書いてることは俄然つまらなくなる、ということ。



そこで最初に戻って、実行しながら同時に考えるということでいえば、それはそのまま「夢」とか「目標」にも当てはまる。

「夢」も「目標」も生きてるうちに変わっていってしまう。

まっすぐ目標に向かって進める人も、そりゃあ少しはいるかもしれないけど、多くの人は試行錯誤したり間違えたりわかんなくなったりして、そのたびに回り道をしたりやり直したりする。

で、そうやって生きてるうちに新しいことを知ったり、自分の行動が生み出した結果にインスパイアされて、思い描いていること自体が変わってくる方が自然だと思うのね。

そのポジティブな変化を、初志貫徹とか一貫性とかブレるとかブレないとか説明責任とか(?)、そんな言葉で押さえ込んでる人は、まして、他人の目標に対してそんな言葉を吐いて押さえ込んでる人は、エレベーターホールに正座して再考。

「無意識に言葉で説明できるような行動を選ぶようになってしまう」のは、実はそのためでもある、かもしれない。
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