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健全な欲望をベースにした生活 [Thoughts]

もう「元の生活」に戻ることはできないというのはたぶん間違いなくて、そういうとなんだかネガティブな響きだけど、「元の生活」がいいのかというとそんなことはない。

「元の生活」は明らかに何かが間違っている。じゃあ、どんな生活がいいんだろうというとき「健全な欲望をベースにした生活」なんじゃないかという気がする。

欲望っていうのは本来人が生きていくためのモチベーションを作り出す機能だから、我慢したり制限しようとすると必ず破綻する。欲望を抱いて、それを満たすことは生きるために絶対に必要。

だけど、欲望が誰かの都合で不自然に形に増幅され、増幅された欲望を満たすためのシステムが作られ、そのシステムを支えるための需要が生まれ、という結果生まれたのが「元の生活」だとすれば、問題は欲望の形とスケール。

必要なのは、本来ちょうどいい形とスケールの欲望=健全な欲望を満たすことをモチベーションにする生活だと思う。

たとえばそれは、自分たちにとって美味しいものをつくって食べることと、個人のプロが丁寧に作った美味しいものを、真っ当な額のお金を払って食べること(=健全な食欲)。

あるいは自分に見合った質の良いものだけを少しだけ持つこと。持っているもので満足すること。逆に満足できないものは持たないこと(健全な物欲・所有欲)。

増幅されたイメージを消費するのではなく、生身の人間との関わりと個人スケールの想像力をベースに、時には満たされずに悶々としたりすること(健全な性欲)。

お金や持ち物や地位ではなく、自分が創ったものや仕事の内容そのものを評価されることで得られる名誉を求めること(健全な名誉欲)。

業務や資格取得のために必要な知識ではなくて、知りたいから調べる、読みたいから読むことで身につく知識(健全な知識欲)。

そして、生活を維持するための働き方そのものが、健全な欲望を満たす行為と矛盾せず、できれば直接結びついていることが理想。

それがどのくらい難しいかはよくわかってるけど、そういう生活、そういう働き方を作っていくことが、今いちばん必要なことじゃないかという気がする。

具体的には、ひとりひとりが自分の個人スケールの欲望を知り、自分の人生の時間と他人の人生の時間をリスペクトすること。

そして「価格は安ければ安いほどいい」主義とか、「ビジネスモデル」と称する詐欺とか、浅はかで薄っぺらい「コンセプト」と称するものと巨大なお金が結びついた再開発とか、不健全な欲望を追認することにしかならない「マーケティング」と称するものとか、人間には不可能なことを要求する「お客様第一主義」とか、そんなものはもういらないとみんなが思うこと。

(マーケティングに関わる仕事をしている人間としてあるまじきことを書いてるかもしれないけど、本当のマーケティングは個人スケールの「生活」に密着したもののはずだと思う)

それは、残業100時間・睡眠4時間未満の生活が自分にとっても家族にとっても限界になる中で、地震とも原発とも関係なく、ここのところずっと考えてきたことと、結果的には重なっている。

言葉は違っても同じようなことを考えて、同じようなことを目指している人はきっとたくさんいるはず。

まだまだ、抽象的です。実行しながら考え続けます。
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