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その大人の発想こそ間違っている [Thoughts]

20代後半の頃、事情があって2年間くらいの無職期間を経た後、少しずつ自宅で仕事をするようになった。

以前勤めていた会社から回してもらったその仕事は、いわゆる「補助金がらみ」の仕事。

コンサルティングといえば聞こえはいいけど、その仕事は誰の役にも立っていないことは明らかで、ただ補助金を獲得するためにはその仕事をすることが条件になっているからみんな黙ってやっている、というようなタイプの。

誰の役にも立っていないことは明らかだけど、その仕事をすることでぼくはお金をもらっていた。世の中にはその種の仕事がたくさんあって、そういう仕事に関わることで生きている人がたくさんいるということを、それまでぼくは知らなかった。

うちの夫婦は当時わりに切羽詰まった状況にあったから、その仕事(とその仕事をくれた社長)は恩人みたいなものだった。

その時学んだのは、「世の中には事情というものがある」ということであり、「物ごとには理由というものがあるということ。

世の中のあちこちで意味のない仕事に意味のないお金がつぎ込まれ、しかもそれは税金だったりする。それを無駄、無意味ということは簡単だけど、その仕事に関わることで生きている人たちのことを思うと、安易に糾弾する気にはならない。

大人だからね。

とずっと思ってきたけど、そんな大人の発想こそが間違ってるんだ、ということを最近ものすごく痛感してるし、そう思ってきた自分をすごく恥ずかしく思っている。

その手の大人の事情を理解する態度こそが、日本をこんな風にしてしまったのだと思う。誰の役にも立たない、誰も幸せにしない仕事が存在する理由なんかないし、その存在を正当化する一見大人な発想が、いろんなものを歪めて腐らせてきたのだ。

そんなのは嘘だということは、ぼくの関わっていたその仕事が今は消えてなくなっていて、それでもうちの夫婦はちゃんと生きているということをみればわかる。

もちろん運が良かったということもあるけど、生きていくためなら、誰でもその程度の運はつかむはずだ。
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