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歳とともに消えてしまった何かの「跡地」利用 [Diary]

ここのところ、30代の人たちから「働き方」とか「生活」とかの話を大量に聞く機会があったんだけど、みんな多かれ少なかれ30代の前半から中盤くらいに転機もしくは変化の感覚を感じているのが印象に残った。

職場での立場や責任が変わるというのももちろんあるけど、それだけじゃなくもっと根本的なところ、肉体的・精神的な意味での転機や変化。

簡単に言えば「今までできた○○ができなくなる」「今まであった○○がなくなる」という感覚。○○は人によって「体力」とか「情熱」とか「意欲」とか「がむしゃらさ」とかそんなような言葉が代入されることが多かった。

まあ、自分の中にあって普遍的だと思っていたものの多くが実は若さに裏打ちされたものだと気づくことが、「歳を取る」ことの自覚のプロセスの始まりなわけですよね。

で、話を聞きながら考えてたのは、そんなふうに消えてしまったものの「跡地」利用のこと。人はみんな平等に歳を取るけど、そこには明らかな差がある。

かつて存在した何かの「跡地」を、生活しながら、変化しながら獲得した新しい何かのために利用している人。逆に、濁った水が溜まり、雑草が生え、空気が淀み、蜘蛛の巣がかかるままになってる人。あるいはただぽっかりと穴が空いたままの人。

外見とはほとんど関係ないけど、この違いって、生きていく上でけっこう重要なことだと思う。そして恐ろしいことに、外見とはほとんど関係ないにも関わらず、そういう違いって見ているとちゃんとわかる。

「今まであった○○がなくなる」感覚は、40代の前半でもう一回来るんだぜと思いつつ。そしてきっと、この先も繰り返し来るんだろうなと思いつつ。

追記:
そしてもうひとつ重要なのは、結論を出さないことに耐えられる強さ

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