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アウトライナーとEvernote、記憶と思考、体系と破壊 [アウトライナー]

cube(@simplesynthesis)さんの記事「目に見えるカタチは時としてその内実を表す、ということーEvernoteとアウトライナー:LawDesiGn」を読んだ。

とてもとても興味深い記事。そしてちょっと考えるよりずっと深い(ぼくが以前書いた記事の中で触れながら、結論を出せなかった問題に触れている)。



以前書いた記事で触れた疑問というのはこんな内容。アウトライナー使いの立場から、Evernoteについて感じたこと。
どうして同じ知的活動であるはずの〈記憶〉と〈思考〉とで道具のカタチが違うんだろう? 〈記憶〉は〈思考〉を誘発し、〈思考〉した結果は〈記憶〉されるはず。
「アウトライナー・フリーク的Evernote論」

これに対して、cubeさんは上記の記事で以下のように答えてくれている。
その答えとして思うのは、それこそがまさに人の〈記憶〉と思考の仕方だから。つまり、大多数の人にとって〈記憶〉とは〈思考〉の結果ではない、ということじゃないだろうか。
目に見えるカタチは時としてその内実を表す、ということーEvernoteとアウトライナー:LawDesiGn

その答えに至る議論は、cubeさんの記事をぜひ読んでほしい。

ぼく自身は、興味深く読みつつ、そして納得しつつ〈記憶〉と〈思考〉の関係についてはまだうまく消化できていない。

ただ、cubeさんの記事を読んでいて、長い間考え続けてきたことの答えの一端に、ほんのちょっとだけ手が触れたような気がした。



「どうしてそんなにアウトライナーにこだわるのか」と言われることがある。

確かに、自分ほどアウトライナーのことを考え続けてきた人間は、そんなにたくさんはいないと思う。

その理由は簡単で、おそらく大多数の人よりもずっとずっと切実に、アウトライナーを必要としてきたからだ。

アウトライナーについてのサイトを作ろうと思ったのだって、アウトライナーについて自分が思っていることを何かの形にしないと、きっと自分は成仏できない(笑)と思ったからだし。



長年アウトライナーについて考える中でわかってきたことは、どうやら自分はトップダウン思考がうまくできないらしいということだ。

決められた枠組みに沿って思考することができない。決められた手順でものごとを進めることができない。手をつけてみないと何をどうすればいいのかわからない。自分の中でいったん解体して組み立て直す作業をしないと、消化することができない。

小学校高学年以降、どれほど勉強しようと願ってもそれをすることができなかった。

みんながやっているように教科書や参考書の内容を頭に入れようとするだけで、半ばパニックになった。わかりやすく順を追って書かれているはずなのに、それを追っていくことができない。

最終的にやったことは、頭に入れよう、理解しようとすること自体を放棄することだった。

かわりに、教科書でも参考書でも、頭から写経のように何度も書き写す。次に頭から自分の言葉に置き換えながら書き直す。何回も書き直しているうちに文面は原型をとどめないくらいになる。そこまでくる頃には内容は頭に焼き付いている。

それこそ、人の5倍くらい時間をかけて。



しかし、cubeさんが書いている通り「世の中で生きていくために必要なのはトップダウン思考」だ。「勉強ができる人」「仕事ができる人」とは、それができる人のことだ。

そして上の話から想像がつく通り、ぼくは放っておいたら勉強も仕事もぜんぜんできない人だ。

文字通り人の5倍くらい時間をかけないと、「ものごとを分解しどういう手順で成り立っているのか、その仕組みを分析する」ことができないから。

しかしアウトライナーは、ものごとの成り立ちを「アウトライン」というカタチで目に見えるようしてくれるだけでなく、物理的に組み替えてシミュレーションさせてくれる。

アウトライナーを使うようになって気がついたのは、そうすることで「何度も書き写して自分の言葉で書き直す」という煩雑この上ないプロセスを、ショートカットできるということ。

ぼくは文字通り「世の中で生きていく」ために、アウトライナーの助けを借りてまるでトップダウン思考ができているかのように振る舞ってきたような気がする。

だからこそ、自分にとっては〈記憶〉と〈思考〉は不可分のものだという強い感覚がある。



Evernoteのコンセプトは「記憶する」ことであり、そのことがEvernoteのカタチ(仕様)に現れている、とcubeさんはいう。一方でアウトライナーについては、
アウトライナーにいう〈思考〉は、この体系化(あるいは体系化に基づく〈記憶〉)の更に先にあるもの。
既にある体系を壊すもの。
Evernoteよりももっとずっと暴力的なもの。
目に見えるカタチは時としてその内実を表す、ということーEvernoteとアウトライナー:LawDesiGn

これ、今まで目にしてきたアウトライナーについてのいろんな説明の中で、おそらく最も共感した言葉のひとつかもしれない。そう、アウトライナーは暴力性・破壊性を持った存在だ。

それでも敢えて思うんだけど、それは体系化(あるいは体系化に基づく〈記憶〉)とは別次元の話なんだろうか。



というところで、結論は出ないまま今日のところはおしまい。cubeさんの言ってることを完全には読み切れてない気もするので、もう少し考えてみる。

でも、この問題は自分にとってとても重要な何かとつながってる気がする。そして、そのことについて考えることはとても楽しい。昔は辛かったけど。
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共通テーマ:日記・雑感

コメント 2

gofujita

> それは体系化(あるいは体系化に基づく〈記憶〉)とは別次元の話なんだろうか。

ぼくは、同次元のことだとかんがえてます。Tak.さんがもとの記事でかいているように、思考は記憶とたがいに影響しあいながら、ダイナミック(動的)にそだっていくものだとおもっているからです。

もっというと、これまでトップダウンの「トップ」だったものが、つぎの瞬間には「ボトム」になることもある。いや、場合によっては、おなじ瞬間にトップがボトムになっていることもある。だからこそ、思考というか、考えるプロセスというか、人の思考の歴史というか、この自然(!)というか、この宇宙(!!)はおもしろい。アウトライナーは、そんな動的なプロセスをわかりやすく「表現」してますよね。

教科書も参考書も、おぼえるどころかあまりよみもしなかった (だって、おもしろくなかった.. ごめんなさい) なまけもののぼくがいうのも、なんなんですが。
by gofujita (2013-12-09 11:59) 

tak.

gofujitaさん
> これまでトップダウンの「トップ」だったものが、つぎの瞬間には「ボトム」になることもある。いや、場合によっては、おなじ瞬間にトップがボトムになっていることもある。

そう、それが自分にとってはすごく自然に感じられるんですけど、人と話してると、それがまったく通じない場合があります。

その通じないという事実がなかなか理解できなかったという面もありました。

でもそれって確かに宇宙の構造(!)ですよね。そしてそこではどこが「トップ」かなんて決まってはいない。
by tak. (2013-12-12 18:58) 

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