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電車の音 [Diary]

iPodが出てから、音楽を聴く頻度は間違いなく上がったけど、昼間の電車では、あんまり音楽は聴かずに、電車の音(モーターの音、ジョイント音、風切り音、などなど)を聴いています。電車の音と自分のリズムをうまくシンクロできる(=気持ちよくなれる)日は、仕事にいっても調子がいいことが多いです。

だから、電車の音が気持ちいいかどうかは、けっこう重要です。明らかに気持ちいい音とそうじゃない音がある。



電車の音といえば普段は気づかないけど、誰もが沈黙したまま学校や仕事場に向かう、朝のラッシュアワーの電車ほど静かなものはありません。ダイヤが乱れて、駅と駅の間で停車したりしたとき、そのことがわかります。

それで初めて知ったことは、電車の中で寝ている人も、ちゃんと寝息をたてているということです。普段は電車の音で聞こえないだけなんだ。



でも音楽があってよかったと思ったのは先週の金曜日。

終電で家に向かっていて、ただでさえ寝不足で、混雑は朝ラッシュ並みで、しかも周囲は酔っぱらいばっかりで、家まではあと45分はかかるという状態で「遅れている大井町線接続のため自由が丘で14分停車します」とアナウンスがあった。

普段はあんまりボリュームは上げないようにしてるけど、こんなときはいつもよりちょっと音を大きくして、目を閉じて、頭から音楽を浴びるようにしてるうちに、気がついたら電車は動いていた。ちょうど「ハイドンの主題による変奏曲」分でした。

こういうとき、クラシックだとロック・ポップスほどには音漏れはしないから(いちばん漏れる音はドラム、特にハイハットだから)ありがたい。

でもほんとはロックも大音量で聴きたいけど。
タグ:音楽

冬の猫池 [Diary]

背中に陽光を受けてあったかそうです。
背中は黒いしね。
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世界一気持ちいい音の電車 [Diary]

世界一美しい通勤電車(私見)、サンフランシスコのBARTは、世界一気持ちいい音の通勤電車(私見)でもあります。正確にいうと、90年代にモーターが更新されてからこの音になりました。

明日は動こう・・ [Diary]

「政府は少子化対策および男女平等促進のため、男性も女性と同様に出産するべきであるとの観点から、出産に同意した男性に対しては大幅な税制優遇措置と手当の支給を行うことを発表した」

仕事休んで寝込んでたら変な夢みちゃった。

サンタの夜 [Diary]

santa.gif友人・ずんずんさんのブログで、娘さんのFちゃんがサンタさんを信じるのは今年が最後かも、という話。

サンタさんの存在を「ネットで調べた」といって説得するところに思わず共感する。ずんずんさんらしいです。

そうか、子どもがサンタさんを信じなくなるというのは、寂しいことなんだな。サンタさんであるところの親が、子どもに対してどんな気持ちなのかということを改めて考える(自分自身でそれを知る機会は訪れそうにないから)。

そこでふと思ったのは、自分はサンタさんをいつまで信じていたのだろうか? ということ。いや、そもそもサンタさんを信じていたことがあっただろうか?

子どもの頃、暖炉のある家に住んでいた。別にお屋敷に住んでいたわけではなく、むしろその地域では古く、小さい、慎ましい家だった。暖炉はただ「ついている」だけで、一度も使ったことはない。大家さんも、この何十年か使われたことはないと言っていた。

自分の家に暖炉があるということを自覚したとき(それはたぶん小学校二年生くらいのことだった)まず思ったのは、サンタさんのことだった。

暖炉の前で待っていれば、サンタさんの存在をこの目で確認できるはず。もし(人が言うように)サンタさんというものが存在するなら、それを確かめてみたい。そうすれば、信じることができる。

そんなことを考えたような気がする。

一方で、もしサンタさんの存在を本当にこの目で確認してしまったら、自分はいったいどうしたらいいんだろう? という不安があった。それはとても恐ろしい、知ってはいけないことのように思えた。もし真相を知ってしまったら、ただでは済まないような。

イブの夜、不安と緊張で眠れないままふとんをかぶっていた。暖炉の前で待っているべきか、ベッドの中にいるべきか、ぼくは決めかねていた。決して寒くはないその街の冬にしては、その夜はすごく冷えた。

ベッドの中で悶々として震えていると、やがて音もなくドアが開いた。しばらく気配をうかがった後、誰かがベッドルームに入ってきた。そして枕元に何かを置いて出ていった。一瞬遅れて、父親の匂いがした。

枕元に置かれたものを確認する必要はなかった。もちろんそこにはぼくがサンタさんに「お願い」したものが入っているはずだった。そう思うと、涙が出てきた。ほっとしたのか悲しかったのか、自分でもわからない。

で、ぼくはサンタさんを信じていたのか、それとも信じていなかったのか? 今考えてもよくわからないけど、そのイブを境に、確かに何かが変わったのだ。
タグ:時間

見慣れているはずの空に [Diary]

昔、高層ビルに登るのが大好きだった。

新宿NSビルの上のレストラン街で食事をして、展望台から夜景を眺めるというのが、定番のデートコース(笑)だった。まだ超高層ビルというものが新宿西口にしかなかった、90年代初めの頃の話。

新宿NSビルは30階建てだったから、当時としても決してすごく高いわけではないけど、その展望台は特別な場所だった。

最近では、高層ビルというものは建つというよりも、人間の意思とは関係なく生えくるみたいにみえる存在になった。

実家のあるJR鶴見駅近くに、31階建てのビルが建つという話を初めて聞いたのは、数年前のことだった。そのときには、なんだか妙な感じがしただけだったけど、現実に建設が始まってみると、それがいかに大きなことだったのかがわかる。

先月くらいから、今住んでいるマンション(実家から車で二十分ほどの距離にある)からも、その姿がはっきり見えるようになり、それでもまだ伸び続けている。

今日、用事があって久しぶりに実家に出かけたついでに見上げてみると、見慣れているはずの街の空にそびえる、その想像以上の存在感に圧倒される。東京スカイツリーほどではないけれど。

今はあんまり高層ビルが好きとは言えない。
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タグ: 時間

時間は流れている [Diary]

babyinme.jpeg通勤していると、毎朝同じ時間、同じ場所ですれ違う人がいます。長年のうちに、お互いなんとなく顔を覚えて、だからといって挨拶するわけでもなく、「知らない人」という位置づけのまま、それでもしっかり記憶される。

そのうちに、その人で時間やタイミングを測るようになる。

この人とこの場所ですれ違うようじゃ、遅刻だとか。
この時間にあの人がいないということは、ダイヤが乱れてるんじゃないかとか。
始発電車の列にあの女の人が立ってるから、間に合ったな、とか。

彼女の姿がホームの列の中に見えれば、始発の地下鉄直通に間に合った(=座れる)。見えなければ間に合わなかった(=座れない)。時計よりも正確に、一目で状況把握できるので、毎朝無意識に彼女の姿を探すクセがついてしまいました。

彼女は始発電車の五両目の位置に並び、必ずドアを入って左の席の端に座ります。今の職場に勤めるようになった2004年から全く変わらず。

変わったことといえば、二年ほど前に左手の薬指に指輪がつき、そして最近「BABY in ME」のバッジがバッグについたこと。

変わらないようだけど、時間は確実に流れている。
タグ:時間

幻想と陰謀 [Thoughts]

それほど深い付き合いではないけど、職場なり学校なりで日々関わる中で、なんとなくこの人とは波長が合うなあ、とかいっしょにいて楽だなあ、という好ましい感覚を抱くような人がいます。

そういう人の共通点てなんだろうと考えたときに、多くの場合それは「無理に会話しなくてもいい相手」だったような気がします。

話題があれば話がはずむし、特に話すことがなければ話をしないでただ黙ってそこにいる。それでいて特に居心地が悪くないし、プレッシャーも感じない。

お互いにそう感じさせる組み合わせを、たぶん「相性が合う」といいます。



合コンとかで、その場では決して目立つわけではないのに、実はモテる、というタイプの人。座を盛り上げ、話の輪の中心にいるタイプの人の傍らで、にこにこ笑って座ってるだけなんだけど(だから同性間ではノーマーク)、気がつけばいつの間にかお目当ての女の子と腕を組んでたり二人で消えてたりするタイプ。

ぼくの周囲にもそういうタイプの人が何人かいましたが、その人たちに共通した特性があって、それは「無理に会話をしようとしない」ことだったような気がする。

それでいて、しかるべき場所では、きちんとエスコートができる、となったらもう完璧です(なかなかそんな人いないけど)。



どういうわけか、積極的に会話をリードし、話を盛り上げる人間こそがエラい、という幻想があります。

男女の関係でも、集団の中でも、話題が豊富で話が面白くなきゃいけないとか、場を仕切れなくちゃいけないとか、昔からある強迫観念にも似たその種の幻想って、なんだろう。

そして、本来そうではない人間が、そうでなければならないと信じて、慣れないことをして自分を見失っていくんですね。

何かの陰謀?



そして、数多くの就活マニュアル本やビジネス成功本の類いに書いてある成功法則にも、なんだか同じ匂いがする。決して全部ではないけれど。
タグ:集団

ランダムノート1206 [Diary]

うちの近所に最近建ったかなり高級なマンション。もともとは某社の社宅があった土地で、空きスペースにはたくさんの木が植わっていて、いろんな鳥が巣をつくっていたんだけど、社宅が解体されたときに、ぜんぶ切り倒されてしまった。新しいマンションでは、緑はコンクリートの壁の上に、申し訳程度に植えられてるだけ。でも、その木にたくさんのメジロが来ているのを昨日発見しました。木があれば、鳥はちゃんと来るんだ。

慶応日吉キャンパスの銀杏並木は、半分くらい葉が落ちていました。前回見たときは「あとちょっとで見頃だなー」なんて話してたんだけど。全盛期はたぶん先週だったんだな。でも半分葉の落ちた銀杏並木もいいものです。次に見るときは完全な冬の装いだな。

お昼に初めてのレストランに入ってランチを食べる。ぼくは鶏肉とジャガイモの入ったラザニア、Tomo.さんはたらこクリームときのこのパスタ。決してまずくはないんだけど(サラダはおいしかった)、食後にそろって胃もたれになる。そのレストランが悪いんじゃなくて、たぶん二人ともそういうヘビーなものを受け付けなくなってるみたいです。晩ごはんは、玄米と納豆と韓国海苔と野菜スープ(笑)。

たくさんの子ども連れでにぎわうお店にいて感じることですが、子どもって、何をするにもすごく大きな音をたてる。ということは、大人は大きな音を立てないようにすごく気を遣っているということです。無意識のうちに。どうでもいいようなことだけど、新しい発見。

好きな(たぶん)女の子を前にして、必死に話をしている大学生くらいの男の子。なんとか会話を途切れさせないようにしている感じをみているうちに、いろいろ思うところあり。
タグ:記録